日本伝守行矩 / 跋・門人が記す跋と日本伝の規矩
我國に自然の大道あり、人の道を得るや敎による、おしへに眞妄あり、敎の眞をうるや、其規矩のたゞしきによる、日本傳は則其眞敎なり、其規矩は則我師の著はす所其正也、世に日本傳を唱ふるもの多しといへども、いまだ其眞を得るものなき歟、かつて其道をとくものをきかず、我 健貞豪彌、末世に出て、能傳意を考究し、古にさかのぼりて、その粹を得る事、古今に卓絶す、於是、我國の大道、炳然としてあきらかなる事、猶雲霧を拂て山嶽に對するがごとし、近ごろ、師、此矩言を著はして、これを指さす、苟も目あるものは、みなよくこれを見る、門に從ふものゝ幸ひのみならんや、我國の人いづちへかゆかむ、實に天下萬人の幸ひなる哉、今歳、矢田部侯、師にこふて、是を剞劂氏に命じ、梓に行はしむ、僕等もとより希ふこと久し、聊かその事を記して、書の後に附す、寶曆壬午春正月門人 三上景德謹識
新字:我国に自然の大道あり、人の道を得るや教による、おしへに真妄あり、教の真をうるや、其規矩のたゞしきによる、日本伝は則其真教なり、其規矩は則我師の著はす所其正也、世に日本伝を唱ふるもの多しといへども、いまだ其真を得るものなき歟、かつて其道をとくものをきかず、我 健貞豪弥、末世に出て、能伝意を考究し、古にさかのぼりて、その粋を得る事、古今に卓絶す、於是、我国の大道、炳然としてあきらかなる事、猶雲霧を払て山嶽に対するがごとし、近ごろ、師、此矩言を著はして、これを指さす、苟も目あるものは、みなよくこれを見る、門に従ふものゝ幸ひのみならんや、我国の人いづちへかゆかむ、実に天下万人の幸ひなる哉、今歳、矢田部侯、師にこふて、是を剞劂氏に命じ、梓に行はしむ、僕等もとより希ふこと久し、聊かその事を記して、書の後に附す、宝暦壬午春正月門人 三上景徳謹識
書き下し
我國に自然の大道あり、人の道を得るや敎による、おしへに眞妄あり、敎の眞をうるや、其規矩のたゞしきによる、日本傳は則其眞敎なり、其規矩は則我師の著はす所其正也、世に日本傳を唱ふるもの多しといへども、いまだ其眞を得るものなき歟、かつて其道をとくものをきかず、我 健貞豪彌、末世に出て、能傳意を考究し、古にさかのぼりて、その粹を得る事、古今に卓絶す、於是、我國の大道、炳然としてあきらかなる事、猶雲霧を拂て山嶽に對するがごとし、近ごろ、師、此矩言を著はして、これを指さす、苟も目あるものは、みなよくこれを見る、門に從ふものゝ幸ひのみならんや、我國の人いづちへかゆかむ、實に天下萬人の幸ひなる哉、今歳、矢田部侯、師にこふて、是を剞劂氏に命じ、梓に行はしむ、僕等もとより希ふこと久し、聊かその事を記して、書の後に附す、寶曆壬午春正月門人 三上景德謹識
現代語訳
わが国には自然の大道があります。人が道を得るのは教えによります。教えには真と妄があり、教えの真を得るのは、その規矩が正しいことによります。日本伝はすなわちその真の教えです。その規矩はすなわちわが師の著したところで正しいものです。世に日本伝を唱える者は多いといっても、まだその真を得た者はいないのでしょうか。かつてその道を説く者を聞いたことがありません。わが師健貞(号は豪彌)は、末の世に出て、よく伝の意を考え究め、古にさかのぼって、その粋を得ることは古今に卓絶しています。ここにおいて、わが国の大道は、あきらかに輝いて、雲や霧を払って山岳に向かうようです。近ごろ、師はこの矩の言葉を著して、これを指し示しました。いやしくも目のある者は、みなこれをよく見ることができます。門下に従う者の幸いだけではありません。わが国の人はどこへ行くのでしょうか。まことに天下万人の幸いです。今年、矢田部侯が師に求めて、これを彫り師に命じ、版木にして世に行わせました。私どももとより願っていたことは久しく、いささかそのことを記して、書の後に付けます。宝暦壬午の春正月、門人、三上景徳が謹んで記しました。
解説

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『日本伝守行矩』・序・守行矩を著し信疑論を添えた序の結び大功によれるのみ、其門に遊ぶもの、三尺の童子といへども、能經濟を論じ、よく虛實に達す、その敎を信ずるもの、其性によつて各其才德をなす、於是、其大道たる事彰々たり、惜かな今世に行はれず、徒らに兵書の名目におちいつて、廣く海内に達せず、嗚呼天命のしからしむる歟、いかんともすべからず、美玉の土中に埋るが如く、日月の雲に掩るゝに似たり、豪彌去年守行矩一篇を著はして、同守にしめす、これ道の根元、敎導の死活を辨ず、此書によつて日本傳を守行なす時は、我國治亂の要を會せずといふ事なし、附して信疑論を著して、守者の一助とす、廣く四海におこなわれ、我國の補あらん事を希ふ、余が微意爰にあり、故に序をなして廣く同志に告るのみ、寶曆十二年壬午正月源 興時
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『日本伝守行矩』・序・日本伝の名と実を結ぶ師の教え夫日本天勝速日傳の名目、世に行はるゝ事年久しく、上杉一家の兵學として、專ばら心術を說き、戰法を談じ、雜兵家の雄となるを眉目として、竟に日本治亂の大道たることを辨まへず、此故に日本傳の名目のみ有て、其實行はるゝ事なし、これ理を臆にとり、大道をしらずして、言を傳えて得たりとし、國體につくの眞眼を開くものなければなり、作者の差謬にあらず、世々傳ふる所の者、古人の意に徹せざるによれるか、我師健貞豪彌、數年此書の眞なるを知覺して、其名によつて其實を求め、我國治亂の要を縮る事、日本傳の書に全き事を敎示す、此時に至て其書の名と實と符合して、國家を治る自然の大經、逆敵を制する勝負の活路、現然として白日に黑白を分つがごとし、實に豪彌天 縱の才を震ふの、
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『日本伝治乱要決』・跋・治乱要決三巻を著した師への跋治亂要決三本は我 師の著はす所なり、日本傳の要此書に盡せり、藏す時は袖裏に收るにたらず、行時は六合に滿て餘りあり 守者これによつてまなびば、我邦の治術戰法掌上に看るがごとく、且つ 健翁守德の大なる、庶くは其一端を窺ふにたらむか、謹跋、寶曆癸未季冬瑞證三宅生英
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『日本伝守行矩』・本文・妄教と真教を見分けて学ぶ道を選ぶ俗事を以て國家を談ず、眞實なるに似て、人また大道によると遲し、拙なりといふべし、外國の法を以て、人を强ひ、古人の機格を以て、今の國家をはかる、道理を聞くときは、愚夫も志を起し、其書を讀む時は、惰者も興起す、國家に心なき者の、心醉する所にして、何ぞ道に補なひあらん、これを妄敎といふ、文華に心なく、庸人の疑惑をいとはず、天地の間の事物、部分をして敎をたて、物は物ぎりにして盡し、事は事のみにして混ぜず、要、國躰を失はず、國を治め、人を治るに歸して、簡にして機を失はず、したがつてこれを學ぶ者、日に月に才德を生じ私をはなれて道による。敎の明と謂べし、此これを眞敎といふ、守者こゝを撰んで敎につかば、其道に進まん事、日なけんのみ、
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『日本伝守行矩』・本文・教えは道に登る足場にすぎない○道を知つて、能く天命にしたがふ人ありといへども、敎なき時は、其道を廣く人に傳ふるとなし、しかれども敎は人の作爲なす所なれば、なんぞ道を盡すに足らん、萬仭の山、左生によつて攀づべし、その嶮をわたる時、身躰これによつて、一心の賴む所なりといへども、頂上に登り至れば、その左生一棄物となり、これを見ると、わらくづの如し、しかれば道を得て立ときは、敎また何の益かあらん、益なきの敎にあらざれば、人々又道を得る事なし、敎また廢すべけんや、才子英物と稱するも、敎に因ざれば、國用をなす事なし、敎に巧拙あり、眞妄あり、知らずんばあるべからず、空理を以て質を失し、文章を以て虛照を尊ぶ、巧みなるとは則巧なり、道を得るに遠し、俗言を以て人を戒しめ、
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『日本伝守行矩』・本文・治める道に眼をつけて教えを尽くす道は治道なり、天命自然の國躰につゐて、國家を治むるの外他なし、敎は悉く其筋を說て、治をなすの魚筌なり、初志を起して、修せんとするもの、國を治るの道といふに眼をつけて、敎を盡して其本然を會すべし、豈容易の事ならんや、こゝに心をつけて、修するの時に至ては、敎に筋あり、其目多端といへども、道理を以て其事をしらしむるあり、業を說て行はるゝ所を知らしむるあり、國は國ぎりにして其事理を辨じ、將は將にして其德を辨じ、事々物々、其筋によつて其事の行はる所、其物の盡る所、爰に力を用て見る時は、敎の手すじ、決然として白日に玄黃をわかつが如くならん、しかれども要國躰につゐて、治をなすに心なき時は、徒らに口耳の學となつて、其才を長じ、其德をなして、國用をなすの時なからん、然れば學んで益なく、勞して何の補かあらむ、治道を任として、天命に奉答し、國躰につくの心を以て、右のごとくに敎を盡さば、古の良武といへども何ぞくわへん、修者知らずんばあるべからず、