日本伝守行矩 / 序・日本伝の名と実を結ぶ師の教え
夫日本天勝速日傳の名目、世に行はるゝ事年久しく、上杉一家の兵學として、專ばら心術を說き、戰法を談じ、雜兵家の雄となるを眉目として、竟に日本治亂の大道たることを辨まへず、此故に日本傳の名目のみ有て、其實行はるゝ事なし、これ理を臆にとり、大道をしらずして、言を傳えて得たりとし、國體につくの眞眼を開くものなければなり、作者の差謬にあらず、世々傳ふる所の者、古人の意に徹せざるによれるか、我師健貞豪彌、數年此書の眞なるを知覺して、其名によつて其實を求め、我國治亂の要を縮る事、日本傳の書に全き事を敎示す、此時に至て其書の名と實と符合して、國家を治る自然の大經、逆敵を制する勝負の活路、現然として白日に黑白を分つがごとし、實に豪彌天 縱の才を震ふの、
新字:夫日本天勝速日伝の名目、世に行はるゝ事年久しく、上杉一家の兵学として、専ばら心術を説き、戦法を談じ、雑兵家の雄となるを眉目として、竟に日本治乱の大道たることを弁まへず、此故に日本伝の名目のみ有て、其実行はるゝ事なし、これ理を臆にとり、大道をしらずして、言を伝えて得たりとし、国体につくの真眼を開くものなければなり、作者の差謬にあらず、世々伝ふる所の者、古人の意に徹せざるによれるか、我師健貞豪弥、数年此書の真なるを知覚して、其名によつて其実を求め、我国治乱の要を縮る事、日本伝の書に全き事を教示す、此時に至て其書の名と実と符合して、国家を治る自然の大経、逆敵を制する勝負の活路、現然として白日に黒白を分つがごとし、実に豪弥天 縦の才を震ふの、
書き下し
夫日本天勝速日傳の名目、世に行はるゝ事年久しく、上杉一家の兵學として、專ばら心術を說き、戰法を談じ、雜兵家の雄となるを眉目として、竟に日本治亂の大道たることを辨まへず、此故に日本傳の名目のみ有て、其實行はるゝ事なし、これ理を臆にとり、大道をしらずして、言を傳えて得たりとし、國體につくの眞眼を開くものなければなり、作者の差謬にあらず、世々傳ふる所の者、古人の意に徹せざるによれるか、我師健貞豪彌、數年此書の眞なるを知覺して、其名によつて其實を求め、我國治亂の要を縮る事、日本傳の書に全き事を敎示す、此時に至て其書の名と實と符合して、國家を治る自然の大經、逆敵を制する勝負の活路、現然として白日に黑白を分つがごとし、實に豪彌天 縱の才を震ふの、
現代語訳
そもそも日本天勝速日伝という名は、世に広まって久しいのですが、上杉一家の兵学として、もっぱら心術を説き、戦法を語り、雑多な兵家の中で頭角を現すことを誉れとするばかりで、ついに日本の治乱の大道であることをわきまえてきませんでした。このため日本伝の名だけがあって、その実が行われることはありません。これは、道理を憶測でとらえ、大道を知らないまま言葉を伝えて分かったつもりになり、国体に即した真の眼を開く者がいなかったからです。作者の誤りではなく、代々伝える者が古人の心に徹しなかったためでしょうか。私の師、健貞(号は豪彌)は、長年この書の真価に気づき、その名から実を求め、わが国の治乱の要を縮めて示すことが日本伝の書に尽くされていると教えられました。この時になって書の名と実が合致し、国家を治める自然の大綱、敵を制する勝負の活路が、白日のもとで黒白を分けるようにはっきり現れました。まことに豪彌が天賦の才をふるった、
解説

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『日本伝守行矩』・本文・戦国の言葉の奥にある章題と伝段○しかりといへども、日本傳の敎其眞粹を知る事かたし、いかんとなれば、本文戰國の間の言にして、其時世に依て、文章をなす、故に亂世の語多くして、人々雜兵家とひとしく、たゞ勝負をとくとおもへり、其道を講ずる者すらしかるときは、門外の、一家の書とする事宜なり、書の眞粹は傳段章題にあり、本文は僅かに一端の手がかりのみ、本文をつくして、章題にさかのぼり、章題を合せて傳段を考る時は、治亂の大道たる事昭々たり、作者の意、爰にあり、故に具眼の者、傳段章題より見る時は、本文の立づところ、また自然の道を失はず、萬世不朽の眞敎と謂つべし、學者は文章の拙さによつて輕視し、世智の者は兵學として、急務にあらずとす、數十年空しく兵家といひ稱せらるゝこと悲むべし、修者道理を談じ、席上人に誇らんとならば、ひろく文學をまなばんにしかず、若し我國の治道を盡し、治亂に國躰を失はず、國家の補益をなさんとならば、志を起して、日本傳に入て守行すべし、道の本然、敎の眞なる充棟汗牛の書、と〳〵二十二傳の用をなさずといふとなし、守者つとめよや、おこたる事なかれ、むしろ、日本傳の庸人となるとも、異敎の君子となるとなかれ、
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『日本伝守行矩』・序・守行矩を著し信疑論を添えた序の結び大功によれるのみ、其門に遊ぶもの、三尺の童子といへども、能經濟を論じ、よく虛實に達す、その敎を信ずるもの、其性によつて各其才德をなす、於是、其大道たる事彰々たり、惜かな今世に行はれず、徒らに兵書の名目におちいつて、廣く海内に達せず、嗚呼天命のしからしむる歟、いかんともすべからず、美玉の土中に埋るが如く、日月の雲に掩るゝに似たり、豪彌去年守行矩一篇を著はして、同守にしめす、これ道の根元、敎導の死活を辨ず、此書によつて日本傳を守行なす時は、我國治亂の要を會せずといふ事なし、附して信疑論を著して、守者の一助とす、廣く四海におこなわれ、我國の補あらん事を希ふ、余が微意爰にあり、故に序をなして廣く同志に告るのみ、寶曆十二年壬午正月源 興時
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『日本伝守行矩』・跋・門人が記す跋と日本伝の規矩我國に自然の大道あり、人の道を得るや敎による、おしへに眞妄あり、敎の眞をうるや、其規矩のたゞしきによる、日本傳は則其眞敎なり、其規矩は則我師の著はす所其正也、世に日本傳を唱ふるもの多しといへども、いまだ其眞を得るものなき歟、かつて其道をとくものをきかず、我 健貞豪彌、末世に出て、能傳意を考究し、古にさかのぼりて、その粹を得る事、古今に卓絶す、於是、我國の大道、炳然としてあきらかなる事、猶雲霧を拂て山嶽に對するがごとし、近ごろ、師、此矩言を著はして、これを指さす、苟も目あるものは、みなよくこれを見る、門に從ふものゝ幸ひのみならんや、我國の人いづちへかゆかむ、實に天下萬人の幸ひなる哉、今歳、矢田部侯、師にこふて、是を剞劂氏に命じ、梓に行はしむ、僕等もとより希ふこと久し、聊かその事を記して、書の後に附す、寶曆壬午春正月門人 三上景德謹識
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『日本伝治乱要決』・序・序・自然の道を見失った日本夫道は天地に充塞して、我國開けてよりおのづから存す、國初の人自然のまゝにして其道を蹈んで立つ、然れども人は有心にして情欲のためにひかれ、自然の天心を掩ふて、正所に不立、天の命ずる道を失ふ、正所に立とあたわざれば、人の人たる所に至らず、禽獸の行をなす、是をして天命の自然に違はず立しむるものは、敎の存する所にあり、上古は人心自然淳朴にして、名將天に代て我國の性のまゝに治をなす、敎なしといへども、外に對する事なければ、物を賴むに心なし、後來異敎來てより、其密なるにひかれて、人情遂に我國の道をいやしむ、代を追てます〱聖人の道盛に行れ、人々黨を立て其理に酩酊して我國の道あることを知らず、もとより日本は上古より口授を以て傳へ其敎の書ある事なし、後來に至つて和學の名目ありといへども、外敎によつて唯心氣を治むるの術を說き、治國平天下の大道をおしゆる事なし、故に日を積年を重ねていよいよ外敎盛にして、國躰を辨ずるものなし、于若日本傳の敎は、上杉謙信公戰國の間に長となつて、治に立つて國を治め、亂に立つて逆を制の要、外敎を借らず、我國の用あらんとを苦思熟想して、干戈の間に精撰す、最よく國基を說、
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『日本伝治乱要決』・序・序・師の志と本書が示すもの此書を盡さゞる時は、諸子百家の書を讀む共、何ぞ我朝の裨あるに足らんや、是を盡す時は、雜書といへども見るに從がひ國用ならざる事なし、況や聖老佛等の書をや、能其基立てばなり、惜ひかな百數年日本傳の書を傳るものありといへども作者の眞意に徹せず、理を臆にとつて名と實と符合せず、むなしく兵家の一書となつて唯心術戰法のみとす、嗚呼寶山に入て手を空するが如し、我師健貞剛弼好て數年書をよみひろく和漢の事跡に達し、日本傳の書によつて作者の眞意を操り、我國に於いて治亂の大道たることを悟し、國躰の矩を立、其名によつて其實を示し、初て撰者の器量をあらはす、我朝治亂の要また此書に詳なることを以て諸子に敎導す、其意温厚叮嚀、叉誰か何ぞこゝにしかん、此書の文易簡にして、文字ものを借りて意をなす、これによつて人々近く其微を得しがたし、故に此書に附して今春治亂要決を著作し、外敎をからずして治國制亂の要こゝに出ざることをしめず、我朝數千歳の上より未かくの如き書あることをきかず、嗚呼剛弼我國に功ある哉、これを以てひろく横目の民に蒙らしめ四海に補あらむことを希ふのみ、于時寶曆十三癸未春三月源興晴序
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『日本伝守行矩』・本文・治める道に眼をつけて教えを尽くす道は治道なり、天命自然の國躰につゐて、國家を治むるの外他なし、敎は悉く其筋を說て、治をなすの魚筌なり、初志を起して、修せんとするもの、國を治るの道といふに眼をつけて、敎を盡して其本然を會すべし、豈容易の事ならんや、こゝに心をつけて、修するの時に至ては、敎に筋あり、其目多端といへども、道理を以て其事をしらしむるあり、業を說て行はるゝ所を知らしむるあり、國は國ぎりにして其事理を辨じ、將は將にして其德を辨じ、事々物々、其筋によつて其事の行はる所、其物の盡る所、爰に力を用て見る時は、敎の手すじ、決然として白日に玄黃をわかつが如くならん、しかれども要國躰につゐて、治をなすに心なき時は、徒らに口耳の學となつて、其才を長じ、其德をなして、國用をなすの時なからん、然れば學んで益なく、勞して何の補かあらむ、治道を任として、天命に奉答し、國躰につくの心を以て、右のごとくに敎を盡さば、古の良武といへども何ぞくわへん、修者知らずんばあるべからず、