日本伝守行矩 / 信疑論・書と師と学ぶ者の三つがそろう条件
樓船の大海に漂泊するが如し、斯のごくなる時は、いづれか人をみちびき、何れか道を達すべき、ともにその眞をうしなふといふべし、其門に遊ぶもの豪傑醉るがごとく、凡人たゞ日を消するのみ、學ぶといへども、何の補かあらん、其書眞にして、其師明なりといへども、まなぶ人虛なる時は、江河の漏巵にみてざるが如く、日々これにたとへて、日々これを失す、また何の益かあらん、守者實なる時は、道を信ずる事、日を經て堅固に師の敎示にしたがふ事、水の卑につくがごとく、駿馬に鞭て須臾に千里を馳るに似たり、嗚呼、書の眞得がたし、師の明また稀なり、守者の信なき、爰によつてなり、其才德をなさゞるまたこゝによる、從つて疑のなる所なり、守者々々、汝を戒しむ、眞書を正して學ぶべし、師の明を撰んで從ふべし、正して學び撰んで從ふといへども、一毫の疑念を生ずる時は、山を築く事九仭にして一簣に功を失するがごとし、唯信力の剛直なる、天地を盡すべし、萬物を我有となさん、信疑の二障、愼んで斷ぜずんばあるべからず、
新字:楼船の大海に漂泊するが如し、斯のごくなる時は、いづれか人をみちびき、何れか道を達すべき、ともにその真をうしなふといふべし、其門に遊ぶもの豪傑酔るがごとく、凡人たゞ日を消するのみ、学ぶといへども、何の補かあらん、其書真にして、其師明なりといへども、まなぶ人虚なる時は、江河の漏巵にみてざるが如く、日々これにたとへて、日々これを失す、また何の益かあらん、守者実なる時は、道を信ずる事、日を経て堅固に師の教示にしたがふ事、水の卑につくがごとく、駿馬に鞭て須臾に千里を馳るに似たり、嗚呼、書の真得がたし、師の明また稀なり、守者の信なき、爰によつてなり、其才徳をなさゞるまたこゝによる、従つて疑のなる所なり、守者々々、汝を戒しむ、真書を正して学ぶべし、師の明を撰んで従ふべし、正して学び撰んで従ふといへども、一毫の疑念を生ずる時は、山を築く事九仭にして一簣に功を失するがごとし、唯信力の剛直なる、天地を尽すべし、万物を我有となさん、信疑の二障、慎んで断ぜずんばあるべからず、
書き下し
樓船の大海に漂泊するが如し、斯のごくなる時は、いづれか人をみちびき、何れか道を達すべき、ともにその眞をうしなふといふべし、其門に遊ぶもの豪傑醉るがごとく、凡人たゞ日を消するのみ、學ぶといへども、何の補かあらん、其書眞にして、其師明なりといへども、まなぶ人虛なる時は、江河の漏巵にみてざるが如く、日々これにたとへて、日々これを失す、また何の益かあらん、守者實なる時は、道を信ずる事、日を經て堅固に師の敎示にしたがふ事、水の卑につくがごとく、駿馬に鞭て須臾に千里を馳るに似たり、嗚呼、書の眞得がたし、師の明また稀なり、守者の信なき、爰によつてなり、其才德をなさゞるまたこゝによる、從つて疑のなる所なり、守者々々、汝を戒しむ、眞書を正して學ぶべし、師の明を撰んで從ふべし、正して學び撰んで從ふといへども、一毫の疑念を生ずる時は、山を築く事九仭にして一簣に功を失するがごとし、唯信力の剛直なる、天地を盡すべし、萬物を我有となさん、信疑の二障、愼んで斷ぜずんばあるべからず、
現代語訳
大きな楼船が大海を漂うようなものです。このような時には、何が人を導き、何が道に到達させるでしょうか。書も師もともにその真を失っていると言うべきです。その門に遊ぶ者のうち、豪傑は酔ったようになり、凡人はただ日を過ごすだけです。学ぶといっても、何の補いがあるでしょうか。その書が真であり、その師が明らかであっても、学ぶ人が虚ろであるときは、江河の水が底の抜けた杯に満ちないようなもので、日々これにたとえられるように、日々これを失っていきます。それもまた何の益があるでしょうか。守る者が実のあるときは、道を信じることが日を経て堅固になり、師の教え示しに従うことは、水が低い方に流れるようで、駿馬に鞭を打って、たちまち千里を駆けるのに似ています。ああ、真の書は得がたく、師の明らかなことも稀です。守る者に信がないのは、ここに理由があります。その才徳を成さないのもまたここによります。これに従って疑いが生じるのです。守る者たちよ、あなたたちを戒めます。真の書を正して学びなさい。師の明らかなことを選んで従いなさい。正して学び、選んで従ったとしても、わずかでも疑いの念を生じると、山を築くのに九仭まで積んで一籠の土のために功を失うようなものです。ただ信じる力が剛直であれば、天地を尽くすでしょう。万物をわが有となすでしょう。信と疑という二つの障りを、慎んで断たなければなりません。
解説

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『日本伝守行矩』・信疑論・信が崩れる時の見分け方と責任の所在ひとりあやしむ、始志堅固にして、道を信ずる事くわふべからず、日に月に力を盡して、能修するも、中頃忽然として怠惰し、聞く所耳にみてず、見る所目に得事なく、胸中疑惑生じ、敎を以て道とすれば、其用をなす事なく、道を以て敎を見れば、不可爲の事多し、爰に於て、飜然として初の志信瓦のごとくに崩れ、道至るべからずとし、敎を牽强とす、其書を睥睨し其師を輕視す、其身數年の功を失するのみならず、道を賊し、師友に害あり、守者の一罪人と可謂、其人を見れば形容を替るにあらず、其心を見れば、黑白處を異にし、眞に別人のみ、人心の活物なる、信疑の變甚しゐかな、嗚呼、なんぞ此のごとくなるや、其人の過ちか、師敎のすぢを失せる歟、將其書の眞ならざる歟、其書の眞贋は國家の用を以て斷ずべし、師敎の賢愚は道の流行、死活を以てはかるべし、其人の信疑は、公私を以てわかつべし、其書眞なりと雖、其師暗なるときは、其面目を失し、日輪の白雲に隱るゝが如し、其師才明といへども、其書眞ならざれば、議論聞べくして、其用をなさず、
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『日本伝守行矩』・信疑論・道の真髄は信じるか疑うかで分かれる○凡そ道の眞粹を得ると不得と、唯信疑のふたつに出でず、人其道を信ずるときは不盡の事なし、事物を盡す時は、見る所障なく、聞ところ滯る事なし、而後泰然として道により、己につく事なし、明將の天を信じて、其命に隨つて行藏す、道の眞粹を得ると謂べし、人其道を疑ふときは、盡すべきを盡さず、盡さゞるときは事物にくらし、故に見る所貞かならず、聞所やすんずる事なし、而後暗然として、己につゐて道に立事あたわず、愚將の讒に傾き、流言に眩して、賢を捨て佞を用ひ、つゐに天命に反して、國おとろへ身苦しむにいたる、道の眞粹を辨へざると可謂、明將は不可及、闇將は不可論、志を立て大道を修するもの、信じて道により、敎を盡す時は、久しからずして其德をなし其才を生ず、其例に隨てひとしく修するに似たるも、心道を不信、敎に力を用ゆる所なき時は、識縮まり氣屈して、却て本性を失するあり、信疑の證、あやまたざる所なり、人人形氣の無量なる、盡すべからずといへども、道に化すると化せざるとは、此二境に不出、
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『日本伝守行矩』・本文・教えは道に登る足場にすぎない○道を知つて、能く天命にしたがふ人ありといへども、敎なき時は、其道を廣く人に傳ふるとなし、しかれども敎は人の作爲なす所なれば、なんぞ道を盡すに足らん、萬仭の山、左生によつて攀づべし、その嶮をわたる時、身躰これによつて、一心の賴む所なりといへども、頂上に登り至れば、その左生一棄物となり、これを見ると、わらくづの如し、しかれば道を得て立ときは、敎また何の益かあらん、益なきの敎にあらざれば、人々又道を得る事なし、敎また廢すべけんや、才子英物と稱するも、敎に因ざれば、國用をなす事なし、敎に巧拙あり、眞妄あり、知らずんばあるべからず、空理を以て質を失し、文章を以て虛照を尊ぶ、巧みなるとは則巧なり、道を得るに遠し、俗言を以て人を戒しめ、
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『日本伝守行矩』・本文・妄教と真教を見分けて学ぶ道を選ぶ俗事を以て國家を談ず、眞實なるに似て、人また大道によると遲し、拙なりといふべし、外國の法を以て、人を强ひ、古人の機格を以て、今の國家をはかる、道理を聞くときは、愚夫も志を起し、其書を讀む時は、惰者も興起す、國家に心なき者の、心醉する所にして、何ぞ道に補なひあらん、これを妄敎といふ、文華に心なく、庸人の疑惑をいとはず、天地の間の事物、部分をして敎をたて、物は物ぎりにして盡し、事は事のみにして混ぜず、要、國躰を失はず、國を治め、人を治るに歸して、簡にして機を失はず、したがつてこれを學ぶ者、日に月に才德を生じ私をはなれて道による。敎の明と謂べし、此これを眞敎といふ、守者こゝを撰んで敎につかば、其道に進まん事、日なけんのみ、
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『日本伝守行矩』・序・守行矩を著し信疑論を添えた序の結び大功によれるのみ、其門に遊ぶもの、三尺の童子といへども、能經濟を論じ、よく虛實に達す、その敎を信ずるもの、其性によつて各其才德をなす、於是、其大道たる事彰々たり、惜かな今世に行はれず、徒らに兵書の名目におちいつて、廣く海内に達せず、嗚呼天命のしからしむる歟、いかんともすべからず、美玉の土中に埋るが如く、日月の雲に掩るゝに似たり、豪彌去年守行矩一篇を著はして、同守にしめす、これ道の根元、敎導の死活を辨ず、此書によつて日本傳を守行なす時は、我國治亂の要を會せずといふ事なし、附して信疑論を著して、守者の一助とす、廣く四海におこなわれ、我國の補あらん事を希ふ、余が微意爰にあり、故に序をなして廣く同志に告るのみ、寶曆十二年壬午正月源 興時
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『日本伝守行矩』・本文・守行の大段を知らず志が折れる理由○道の本躰を知り、眞敎による時は、修して至らざるといふ事なし、しかれども守行の大段をわきまへざる時は、勞して功なく、偶然として得る所なし、初志を起すこと、堅固ならざれば、なかばにして折く、敎のよりがたく、道の會がたきによつてなり、凡て物始に見るときは、知りやすく會しやすきに似たり、己をはなれて見ればなり、人々これを以て、容易の事として修す、修するは自からなすなり、我なすの日に至ては、聞く所會しがたく、しばらく會するに似たるも、日を經て失す、前路は遙かにして、後途知るべからず、物を以て事に及す時は違ひ、事を以て人を論ずれば、其實を失ふ、進退所なく、今修する所、また吾有となるにかたし、爰におゐて、不可及ことゝし、修して益なしと思へり、飜然として初志を折て、引去て道を見ると、仇讐の如し、愚なるにあらず、財なきにあらず、唯道を修するの大段を知らず、他の雜藝の業以て進むものとひとしと、見るによれり、守者よく辨ぜずんばあるべからず、