日本伝守行矩 / 序・守行矩を著し信疑論を添えた序の結び
大功によれるのみ、其門に遊ぶもの、三尺の童子といへども、能經濟を論じ、よく虛實に達す、その敎を信ずるもの、其性によつて各其才德をなす、於是、其大道たる事彰々たり、惜かな今世に行はれず、徒らに兵書の名目におちいつて、廣く海内に達せず、嗚呼天命のしからしむる歟、いかんともすべからず、美玉の土中に埋るが如く、日月の雲に掩るゝに似たり、豪彌去年守行矩一篇を著はして、同守にしめす、これ道の根元、敎導の死活を辨ず、此書によつて日本傳を守行なす時は、我國治亂の要を會せずといふ事なし、附して信疑論を著して、守者の一助とす、廣く四海におこなわれ、我國の補あらん事を希ふ、余が微意爰にあり、故に序をなして廣く同志に告るのみ、寶曆十二年壬午正月源 興時
新字:大功によれるのみ、其門に遊ぶもの、三尺の童子といへども、能経済を論じ、よく虚実に達す、その教を信ずるもの、其性によつて各其才徳をなす、於是、其大道たる事彰々たり、惜かな今世に行はれず、徒らに兵書の名目におちいつて、広く海内に達せず、嗚呼天命のしからしむる歟、いかんともすべからず、美玉の土中に埋るが如く、日月の雲に掩るゝに似たり、豪弥去年守行矩一篇を著はして、同守にしめす、これ道の根元、教導の死活を弁ず、此書によつて日本伝を守行なす時は、我国治乱の要を会せずといふ事なし、附して信疑論を著して、守者の一助とす、広く四海におこなわれ、我国の補あらん事を希ふ、余が微意爰にあり、故に序をなして広く同志に告るのみ、宝暦十二年壬午正月源 興時
書き下し
大功によれるのみ、其門に遊ぶもの、三尺の童子といへども、能經濟を論じ、よく虛實に達す、その敎を信ずるもの、其性によつて各其才德をなす、於是、其大道たる事彰々たり、惜かな今世に行はれず、徒らに兵書の名目におちいつて、廣く海内に達せず、嗚呼天命のしからしむる歟、いかんともすべからず、美玉の土中に埋るが如く、日月の雲に掩るゝに似たり、豪彌去年守行矩一篇を著はして、同守にしめす、これ道の根元、敎導の死活を辨ず、此書によつて日本傳を守行なす時は、我國治亂の要を會せずといふ事なし、附して信疑論を著して、守者の一助とす、廣く四海におこなわれ、我國の補あらん事を希ふ、余が微意爰にあり、故に序をなして廣く同志に告るのみ、寶曆十二年壬午正月源 興時
現代語訳
大きな功績によるものにほかなりません。その門下に遊ぶ者は、三尺の童子でもよく経済を論じ、虚実に通じます。その教えを信じる者は、それぞれの性質に従って才徳を成します。ここにおいて、その大道であることははっきりしています。惜しいことに今の世には行われず、むなしく兵書の名目に落ち込み、広く天下に行き渡りません。ああ、天命がそうさせるのでしょうか、どうしようもありません。美しい玉が土中に埋もれ、太陽や月が雲に覆われているようなものです。豪彌は昨年『守行矩』一篇を著し、同じ守る者たちに示しました。これは道の根元と、教えが生きるか死ぬかの別を明らかにしたものです。この書によって日本伝を守り行えば、わが国の治乱の要を会得しないことはありません。あわせて『信疑論』を著し、守る者の助けとしました。広く世界に行われ、わが国の補いとなることを願います。私の小さな志はここにあります。そこで序を書いて広く同志に告げるのみです。宝暦十二年壬午正月、源興時。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『日本伝守行矩』・跋・門人が記す跋と日本伝の規矩我國に自然の大道あり、人の道を得るや敎による、おしへに眞妄あり、敎の眞をうるや、其規矩のたゞしきによる、日本傳は則其眞敎なり、其規矩は則我師の著はす所其正也、世に日本傳を唱ふるもの多しといへども、いまだ其眞を得るものなき歟、かつて其道をとくものをきかず、我 健貞豪彌、末世に出て、能傳意を考究し、古にさかのぼりて、その粹を得る事、古今に卓絶す、於是、我國の大道、炳然としてあきらかなる事、猶雲霧を拂て山嶽に對するがごとし、近ごろ、師、此矩言を著はして、これを指さす、苟も目あるものは、みなよくこれを見る、門に從ふものゝ幸ひのみならんや、我國の人いづちへかゆかむ、實に天下萬人の幸ひなる哉、今歳、矢田部侯、師にこふて、是を剞劂氏に命じ、梓に行はしむ、僕等もとより希ふこと久し、聊かその事を記して、書の後に附す、寶曆壬午春正月門人 三上景德謹識
-
『日本伝守行矩』・序・日本伝の名と実を結ぶ師の教え夫日本天勝速日傳の名目、世に行はるゝ事年久しく、上杉一家の兵學として、專ばら心術を說き、戰法を談じ、雜兵家の雄となるを眉目として、竟に日本治亂の大道たることを辨まへず、此故に日本傳の名目のみ有て、其實行はるゝ事なし、これ理を臆にとり、大道をしらずして、言を傳えて得たりとし、國體につくの眞眼を開くものなければなり、作者の差謬にあらず、世々傳ふる所の者、古人の意に徹せざるによれるか、我師健貞豪彌、數年此書の眞なるを知覺して、其名によつて其實を求め、我國治亂の要を縮る事、日本傳の書に全き事を敎示す、此時に至て其書の名と實と符合して、國家を治る自然の大經、逆敵を制する勝負の活路、現然として白日に黑白を分つがごとし、實に豪彌天 縱の才を震ふの、
-
『日本伝守行矩』・信疑論・信が崩れる時の見分け方と責任の所在ひとりあやしむ、始志堅固にして、道を信ずる事くわふべからず、日に月に力を盡して、能修するも、中頃忽然として怠惰し、聞く所耳にみてず、見る所目に得事なく、胸中疑惑生じ、敎を以て道とすれば、其用をなす事なく、道を以て敎を見れば、不可爲の事多し、爰に於て、飜然として初の志信瓦のごとくに崩れ、道至るべからずとし、敎を牽强とす、其書を睥睨し其師を輕視す、其身數年の功を失するのみならず、道を賊し、師友に害あり、守者の一罪人と可謂、其人を見れば形容を替るにあらず、其心を見れば、黑白處を異にし、眞に別人のみ、人心の活物なる、信疑の變甚しゐかな、嗚呼、なんぞ此のごとくなるや、其人の過ちか、師敎のすぢを失せる歟、將其書の眞ならざる歟、其書の眞贋は國家の用を以て斷ずべし、師敎の賢愚は道の流行、死活を以てはかるべし、其人の信疑は、公私を以てわかつべし、其書眞なりと雖、其師暗なるときは、其面目を失し、日輪の白雲に隱るゝが如し、其師才明といへども、其書眞ならざれば、議論聞べくして、其用をなさず、
-
『日本伝治乱要決』・序・序・師の志と本書が示すもの此書を盡さゞる時は、諸子百家の書を讀む共、何ぞ我朝の裨あるに足らんや、是を盡す時は、雜書といへども見るに從がひ國用ならざる事なし、況や聖老佛等の書をや、能其基立てばなり、惜ひかな百數年日本傳の書を傳るものありといへども作者の眞意に徹せず、理を臆にとつて名と實と符合せず、むなしく兵家の一書となつて唯心術戰法のみとす、嗚呼寶山に入て手を空するが如し、我師健貞剛弼好て數年書をよみひろく和漢の事跡に達し、日本傳の書によつて作者の眞意を操り、我國に於いて治亂の大道たることを悟し、國躰の矩を立、其名によつて其實を示し、初て撰者の器量をあらはす、我朝治亂の要また此書に詳なることを以て諸子に敎導す、其意温厚叮嚀、叉誰か何ぞこゝにしかん、此書の文易簡にして、文字ものを借りて意をなす、これによつて人々近く其微を得しがたし、故に此書に附して今春治亂要決を著作し、外敎をからずして治國制亂の要こゝに出ざることをしめず、我朝數千歳の上より未かくの如き書あることをきかず、嗚呼剛弼我國に功ある哉、これを以てひろく横目の民に蒙らしめ四海に補あらむことを希ふのみ、于時寶曆十三癸未春三月源興晴序
-
『日本伝守行矩』・信疑論・道の真髄は信じるか疑うかで分かれる○凡そ道の眞粹を得ると不得と、唯信疑のふたつに出でず、人其道を信ずるときは不盡の事なし、事物を盡す時は、見る所障なく、聞ところ滯る事なし、而後泰然として道により、己につく事なし、明將の天を信じて、其命に隨つて行藏す、道の眞粹を得ると謂べし、人其道を疑ふときは、盡すべきを盡さず、盡さゞるときは事物にくらし、故に見る所貞かならず、聞所やすんずる事なし、而後暗然として、己につゐて道に立事あたわず、愚將の讒に傾き、流言に眩して、賢を捨て佞を用ひ、つゐに天命に反して、國おとろへ身苦しむにいたる、道の眞粹を辨へざると可謂、明將は不可及、闇將は不可論、志を立て大道を修するもの、信じて道により、敎を盡す時は、久しからずして其德をなし其才を生ず、其例に隨てひとしく修するに似たるも、心道を不信、敎に力を用ゆる所なき時は、識縮まり氣屈して、却て本性を失するあり、信疑の證、あやまたざる所なり、人人形氣の無量なる、盡すべからずといへども、道に化すると化せざるとは、此二境に不出、
-
『日本伝守行矩』・本文・戦国の言葉の奥にある章題と伝段○しかりといへども、日本傳の敎其眞粹を知る事かたし、いかんとなれば、本文戰國の間の言にして、其時世に依て、文章をなす、故に亂世の語多くして、人々雜兵家とひとしく、たゞ勝負をとくとおもへり、其道を講ずる者すらしかるときは、門外の、一家の書とする事宜なり、書の眞粹は傳段章題にあり、本文は僅かに一端の手がかりのみ、本文をつくして、章題にさかのぼり、章題を合せて傳段を考る時は、治亂の大道たる事昭々たり、作者の意、爰にあり、故に具眼の者、傳段章題より見る時は、本文の立づところ、また自然の道を失はず、萬世不朽の眞敎と謂つべし、學者は文章の拙さによつて輕視し、世智の者は兵學として、急務にあらずとす、數十年空しく兵家といひ稱せらるゝこと悲むべし、修者道理を談じ、席上人に誇らんとならば、ひろく文學をまなばんにしかず、若し我國の治道を盡し、治亂に國躰を失はず、國家の補益をなさんとならば、志を起して、日本傳に入て守行すべし、道の本然、敎の眞なる充棟汗牛の書、と〳〵二十二傳の用をなさずといふとなし、守者つとめよや、おこたる事なかれ、むしろ、日本傳の庸人となるとも、異敎の君子となるとなかれ、