日本伝守行矩 / 本文・妄教と真教を見分けて学ぶ道を選ぶ
俗事を以て國家を談ず、眞實なるに似て、人また大道によると遲し、拙なりといふべし、外國の法を以て、人を强ひ、古人の機格を以て、今の國家をはかる、道理を聞くときは、愚夫も志を起し、其書を讀む時は、惰者も興起す、國家に心なき者の、心醉する所にして、何ぞ道に補なひあらん、これを妄敎といふ、文華に心なく、庸人の疑惑をいとはず、天地の間の事物、部分をして敎をたて、物は物ぎりにして盡し、事は事のみにして混ぜず、要、國躰を失はず、國を治め、人を治るに歸して、簡にして機を失はず、したがつてこれを學ぶ者、日に月に才德を生じ私をはなれて道による。敎の明と謂べし、此これを眞敎といふ、守者こゝを撰んで敎につかば、其道に進まん事、日なけんのみ、
新字:俗事を以て国家を談ず、真実なるに似て、人また大道によると遅し、拙なりといふべし、外国の法を以て、人を強ひ、古人の機格を以て、今の国家をはかる、道理を聞くときは、愚夫も志を起し、其書を読む時は、惰者も興起す、国家に心なき者の、心酔する所にして、何ぞ道に補なひあらん、これを妄教といふ、文華に心なく、庸人の疑惑をいとはず、天地の間の事物、部分をして教をたて、物は物ぎりにして尽し、事は事のみにして混ぜず、要、国体を失はず、国を治め、人を治るに帰して、簡にして機を失はず、したがつてこれを学ぶ者、日に月に才徳を生じ私をはなれて道による。教の明と謂べし、此これを真教といふ、守者こゝを撰んで教につかば、其道に進まん事、日なけんのみ、
書き下し
俗事を以て國家を談ず、眞實なるに似て、人また大道によると遲し、拙なりといふべし、外國の法を以て、人を强ひ、古人の機格を以て、今の國家をはかる、道理を聞くときは、愚夫も志を起し、其書を讀む時は、惰者も興起す、國家に心なき者の、心醉する所にして、何ぞ道に補なひあらん、これを妄敎といふ、文華に心なく、庸人の疑惑をいとはず、天地の間の事物、部分をして敎をたて、物は物ぎりにして盡し、事は事のみにして混ぜず、要、國躰を失はず、國を治め、人を治るに歸して、簡にして機を失はず、したがつてこれを學ぶ者、日に月に才德を生じ私をはなれて道による。敎の明と謂べし、此これを眞敎といふ、守者こゝを撰んで敎につかば、其道に進まん事、日なけんのみ、
現代語訳
俗事によって国家を論じます。真実らしく見えても、人はまた大道に至るのが遅くなります。拙いと言うべきです。外国の法で人に強い、古人の枠で今の国家を測る。道理を聞けば愚かな者も志を起こし、その書を読めば怠け者も奮い立ちます。しかし国家に心のない者が心酔するだけで、どうして道の補いになるでしょうか。これを妄教といいます。飾りを求めず、凡人が疑い惑うことも気にせず、天地の間の事物を部門に分けて教えを立て、物は物として尽くし、事は事だけで混ぜず、要点は国体を失わず、国を治め人を治めることに帰着し、簡明で機を逃さないものがあります。したがってこれを学ぶ者は、日に月に才徳を生じ、私を離れて道によります。教えが明らかであると言えます。これを真教といいます。守る者がここを見極めて教えを選べば、その道に進むのに日数はかからないでしょう。
解説

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『日本伝守行矩』・本文・治める道に眼をつけて教えを尽くす道は治道なり、天命自然の國躰につゐて、國家を治むるの外他なし、敎は悉く其筋を說て、治をなすの魚筌なり、初志を起して、修せんとするもの、國を治るの道といふに眼をつけて、敎を盡して其本然を會すべし、豈容易の事ならんや、こゝに心をつけて、修するの時に至ては、敎に筋あり、其目多端といへども、道理を以て其事をしらしむるあり、業を說て行はるゝ所を知らしむるあり、國は國ぎりにして其事理を辨じ、將は將にして其德を辨じ、事々物々、其筋によつて其事の行はる所、其物の盡る所、爰に力を用て見る時は、敎の手すじ、決然として白日に玄黃をわかつが如くならん、しかれども要國躰につゐて、治をなすに心なき時は、徒らに口耳の學となつて、其才を長じ、其德をなして、國用をなすの時なからん、然れば學んで益なく、勞して何の補かあらむ、治道を任として、天命に奉答し、國躰につくの心を以て、右のごとくに敎を盡さば、古の良武といへども何ぞくわへん、修者知らずんばあるべからず、
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『日本伝守行矩』・本文・教えは道に登る足場にすぎない○道を知つて、能く天命にしたがふ人ありといへども、敎なき時は、其道を廣く人に傳ふるとなし、しかれども敎は人の作爲なす所なれば、なんぞ道を盡すに足らん、萬仭の山、左生によつて攀づべし、その嶮をわたる時、身躰これによつて、一心の賴む所なりといへども、頂上に登り至れば、その左生一棄物となり、これを見ると、わらくづの如し、しかれば道を得て立ときは、敎また何の益かあらん、益なきの敎にあらざれば、人々又道を得る事なし、敎また廢すべけんや、才子英物と稱するも、敎に因ざれば、國用をなす事なし、敎に巧拙あり、眞妄あり、知らずんばあるべからず、空理を以て質を失し、文章を以て虛照を尊ぶ、巧みなるとは則巧なり、道を得るに遠し、俗言を以て人を戒しめ、
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『日本伝守行矩』・本文・国体を知ることが学びの出発点○國に自然の體あり、其躰をうしなはず、天命にしたがつて治をなす、是を道といふ、明將天地と渾融し、道を踏んで、萬世國土の則とす、時移り星換り、異國の道混雜して、人心密を貴とび、簡をいやしむ、果して外國へ朝貢し、天命の自然を誤まり、外國聖人の道を以て我國に布んとす、爰を以て國基ゆるまり、王位衰ふ、國躰を失ふによつてなり、外國の道、豈あしきとせんや、聖人天命に從がひ、その國の躰によつて、自然の法をたつ、彼にして是なりといへども、妄意に此に及ぼすときは、齟齬せずと云ふことなし 我國の躰によつて來るに從がつてこれを用んとならば、淺說拙語といへども、國に益あらば、何ぞ廢せん、況や聖者佛者の道をや、かれにして彼道なれども、我國躰のまゝに取て用ゆる時は、猶我道とひとしかるべし、唯從つて學ぶと、取て用をなすと、此境に聞き時は、我國自然の天命を掠むるのみならず、其道とする所、みな空器とならん、博學多聞の人、こゝを辨まへざるにあらず、我學ぶ所に黨しておのづから外國の奴となつて愉快とし、おのれ一人國躰を失するのみならず、毒を萬人に流す、己をはなれて、天の自然による事あたはざるによつてなり、志を起して道を修せんもの、始に眼を國躰にひらき、而後に廣く事物にわたらば、見るにしたがひ、聞くにしたがつて、悉く我國の用をなさん、此これを道の本躰を知るといふ、
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『日本伝守行矩』・本文・守行の大段を知らず志が折れる理由○道の本躰を知り、眞敎による時は、修して至らざるといふ事なし、しかれども守行の大段をわきまへざる時は、勞して功なく、偶然として得る所なし、初志を起すこと、堅固ならざれば、なかばにして折く、敎のよりがたく、道の會がたきによつてなり、凡て物始に見るときは、知りやすく會しやすきに似たり、己をはなれて見ればなり、人々これを以て、容易の事として修す、修するは自からなすなり、我なすの日に至ては、聞く所會しがたく、しばらく會するに似たるも、日を經て失す、前路は遙かにして、後途知るべからず、物を以て事に及す時は違ひ、事を以て人を論ずれば、其實を失ふ、進退所なく、今修する所、また吾有となるにかたし、爰におゐて、不可及ことゝし、修して益なしと思へり、飜然として初志を折て、引去て道を見ると、仇讐の如し、愚なるにあらず、財なきにあらず、唯道を修するの大段を知らず、他の雜藝の業以て進むものとひとしと、見るによれり、守者よく辨ぜずんばあるべからず、
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『日本伝守行矩』・本文・戦国の言葉の奥にある章題と伝段○しかりといへども、日本傳の敎其眞粹を知る事かたし、いかんとなれば、本文戰國の間の言にして、其時世に依て、文章をなす、故に亂世の語多くして、人々雜兵家とひとしく、たゞ勝負をとくとおもへり、其道を講ずる者すらしかるときは、門外の、一家の書とする事宜なり、書の眞粹は傳段章題にあり、本文は僅かに一端の手がかりのみ、本文をつくして、章題にさかのぼり、章題を合せて傳段を考る時は、治亂の大道たる事昭々たり、作者の意、爰にあり、故に具眼の者、傳段章題より見る時は、本文の立づところ、また自然の道を失はず、萬世不朽の眞敎と謂つべし、學者は文章の拙さによつて輕視し、世智の者は兵學として、急務にあらずとす、數十年空しく兵家といひ稱せらるゝこと悲むべし、修者道理を談じ、席上人に誇らんとならば、ひろく文學をまなばんにしかず、若し我國の治道を盡し、治亂に國躰を失はず、國家の補益をなさんとならば、志を起して、日本傳に入て守行すべし、道の本然、敎の眞なる充棟汗牛の書、と〳〵二十二傳の用をなさずといふとなし、守者つとめよや、おこたる事なかれ、むしろ、日本傳の庸人となるとも、異敎の君子となるとなかれ、
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『日本伝守行矩』・信疑論・道の真髄は信じるか疑うかで分かれる○凡そ道の眞粹を得ると不得と、唯信疑のふたつに出でず、人其道を信ずるときは不盡の事なし、事物を盡す時は、見る所障なく、聞ところ滯る事なし、而後泰然として道により、己につく事なし、明將の天を信じて、其命に隨つて行藏す、道の眞粹を得ると謂べし、人其道を疑ふときは、盡すべきを盡さず、盡さゞるときは事物にくらし、故に見る所貞かならず、聞所やすんずる事なし、而後暗然として、己につゐて道に立事あたわず、愚將の讒に傾き、流言に眩して、賢を捨て佞を用ひ、つゐに天命に反して、國おとろへ身苦しむにいたる、道の眞粹を辨へざると可謂、明將は不可及、闇將は不可論、志を立て大道を修するもの、信じて道により、敎を盡す時は、久しからずして其德をなし其才を生ず、其例に隨てひとしく修するに似たるも、心道を不信、敎に力を用ゆる所なき時は、識縮まり氣屈して、却て本性を失するあり、信疑の證、あやまたざる所なり、人人形氣の無量なる、盡すべからずといへども、道に化すると化せざるとは、此二境に不出、