日本伝守行矩 / 本文・戦国の言葉の奥にある章題と伝段
○しかりといへども、日本傳の敎其眞粹を知る事かたし、いかんとなれば、本文戰國の間の言にして、其時世に依て、文章をなす、故に亂世の語多くして、人々雜兵家とひとしく、たゞ勝負をとくとおもへり、其道を講ずる者すらしかるときは、門外の、一家の書とする事宜なり、書の眞粹は傳段章題にあり、本文は僅かに一端の手がかりのみ、本文をつくして、章題にさかのぼり、章題を合せて傳段を考る時は、治亂の大道たる事昭々たり、作者の意、爰にあり、故に具眼の者、傳段章題より見る時は、本文の立づところ、また自然の道を失はず、萬世不朽の眞敎と謂つべし、學者は文章の拙さによつて輕視し、世智の者は兵學として、急務にあらずとす、數十年空しく兵家といひ稱せらるゝこと悲むべし、修者道理を談じ、席上人に誇らんとならば、ひろく文學をまなばんにしかず、若し我國の治道を盡し、治亂に國躰を失はず、國家の補益をなさんとならば、志を起して、日本傳に入て守行すべし、道の本然、敎の眞なる充棟汗牛の書、と〳〵二十二傳の用をなさずといふとなし、守者つとめよや、おこたる事なかれ、むしろ、日本傳の庸人となるとも、異敎の君子となるとなかれ、
新字:○しかりといへども、日本伝の教其真粋を知る事かたし、いかんとなれば、本文戦国の間の言にして、其時世に依て、文章をなす、故に乱世の語多くして、人々雑兵家とひとしく、たゞ勝負をとくとおもへり、其道を講ずる者すらしかるときは、門外の、一家の書とする事宜なり、書の真粋は伝段章題にあり、本文は僅かに一端の手がかりのみ、本文をつくして、章題にさかのぼり、章題を合せて伝段を考る時は、治乱の大道たる事昭々たり、作者の意、爰にあり、故に具眼の者、伝段章題より見る時は、本文の立づところ、また自然の道を失はず、万世不朽の真教と謂つべし、学者は文章の拙さによつて軽視し、世智の者は兵学として、急務にあらずとす、数十年空しく兵家といひ称せらるゝこと悲むべし、修者道理を談じ、席上人に誇らんとならば、ひろく文学をまなばんにしかず、若し我国の治道を尽し、治乱に国体を失はず、国家の補益をなさんとならば、志を起して、日本伝に入て守行すべし、道の本然、教の真なる充棟汗牛の書、と〳〵二十二伝の用をなさずといふとなし、守者つとめよや、おこたる事なかれ、むしろ、日本伝の庸人となるとも、異教の君子となるとなかれ、
書き下し
○しかりといへども、日本傳の敎其眞粹を知る事かたし、いかんとなれば、本文戰國の間の言にして、其時世に依て、文章をなす、故に亂世の語多くして、人々雜兵家とひとしく、たゞ勝負をとくとおもへり、其道を講ずる者すらしかるときは、門外の、一家の書とする事宜なり、書の眞粹は傳段章題にあり、本文は僅かに一端の手がかりのみ、本文をつくして、章題にさかのぼり、章題を合せて傳段を考る時は、治亂の大道たる事昭々たり、作者の意、爰にあり、故に具眼の者、傳段章題より見る時は、本文の立づところ、また自然の道を失はず、萬世不朽の眞敎と謂つべし、學者は文章の拙さによつて輕視し、世智の者は兵學として、急務にあらずとす、數十年空しく兵家といひ稱せらるゝこと悲むべし、修者道理を談じ、席上人に誇らんとならば、ひろく文學をまなばんにしかず、若し我國の治道を盡し、治亂に國躰を失はず、國家の補益をなさんとならば、志を起して、日本傳に入て守行すべし、道の本然、敎の眞なる充棟汗牛の書、と〳〵二十二傳の用をなさずといふとなし、守者つとめよや、おこたる事なかれ、むしろ、日本傳の庸人となるとも、異敎の君子となるとなかれ、
現代語訳
一つ、そうではあっても、日本伝の教えの真髄を知ることは難しいのです。なぜなら、本文は戦国の間の言葉で、その時世によって文章がなされています。このため乱世の言葉が多く、人々は雑多な兵家と同じように、ただ勝負を説くものだと思っています。その道を講じる者でさえそうであれば、門外の人が一家の書とみなすのももっともです。書の真髄は伝段と章題にあり、本文はわずかに一つの手がかりにすぎません。本文を尽くして章題にさかのぼり、章題を合わせて伝段を考えるとき、治乱の大道であることは明らかです。作者の意図はここにあります。ですから眼のある者が伝段・章題から見れば、本文の拠って立つところもまた自然の道を失わず、万世不朽の真の教えと言えます。学者は文章が拙いことで軽んじ、世智にたけた者は兵学として急務ではないとします。数十年むなしく兵家と称されることは悲しむべきです。修める者が道理を論じ、席上で人に誇ろうとするなら、広く文学を学ぶほうがよいでしょう。もしわが国の治道を尽くし、治乱に国体を失わず、国家の補いになろうとするなら、志を起こして、日本伝に入って守り行うべきです。道の本然、教えの真なること、おびただしい蔵書の数々も、二十二伝の用をなさないものはありません。守る者よ、努めなさい。怠ってはなりません。むしろ日本伝の凡人となっても、異教の君子となってはなりません。
解説

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