日本伝守行矩 / 本文・国体を知ることが学びの出発点
○國に自然の體あり、其躰をうしなはず、天命にしたがつて治をなす、是を道といふ、明將天地と渾融し、道を踏んで、萬世國土の則とす、時移り星換り、異國の道混雜して、人心密を貴とび、簡をいやしむ、果して外國へ朝貢し、天命の自然を誤まり、外國聖人の道を以て我國に布んとす、爰を以て國基ゆるまり、王位衰ふ、國躰を失ふによつてなり、外國の道、豈あしきとせんや、聖人天命に從がひ、その國の躰によつて、自然の法をたつ、彼にして是なりといへども、妄意に此に及ぼすときは、齟齬せずと云ふことなし 我國の躰によつて來るに從がつてこれを用んとならば、淺說拙語といへども、國に益あらば、何ぞ廢せん、況や聖者佛者の道をや、かれにして彼道なれども、我國躰のまゝに取て用ゆる時は、猶我道とひとしかるべし、唯從つて學ぶと、取て用をなすと、此境に聞き時は、我國自然の天命を掠むるのみならず、其道とする所、みな空器とならん、博學多聞の人、こゝを辨まへざるにあらず、我學ぶ所に黨しておのづから外國の奴となつて愉快とし、おのれ一人國躰を失するのみならず、毒を萬人に流す、己をはなれて、天の自然による事あたはざるによつてなり、志を起して道を修せんもの、始に眼を國躰にひらき、而後に廣く事物にわたらば、見るにしたがひ、聞くにしたがつて、悉く我國の用をなさん、此これを道の本躰を知るといふ、
新字:○国に自然の体あり、其体をうしなはず、天命にしたがつて治をなす、是を道といふ、明将天地と渾融し、道を踏んで、万世国土の則とす、時移り星換り、異国の道混雑して、人心密を貴とび、簡をいやしむ、果して外国へ朝貢し、天命の自然を誤まり、外国聖人の道を以て我国に布んとす、爰を以て国基ゆるまり、王位衰ふ、国体を失ふによつてなり、外国の道、豈あしきとせんや、聖人天命に従がひ、その国の体によつて、自然の法をたつ、彼にして是なりといへども、妄意に此に及ぼすときは、齟齬せずと云ふことなし 我国の体によつて来るに従がつてこれを用んとならば、浅説拙語といへども、国に益あらば、何ぞ廃せん、況や聖者仏者の道をや、かれにして彼道なれども、我国体のまゝに取て用ゆる時は、猶我道とひとしかるべし、唯従つて学ぶと、取て用をなすと、此境に聞き時は、我国自然の天命を掠むるのみならず、其道とする所、みな空器とならん、博学多聞の人、こゝを弁まへざるにあらず、我学ぶ所に党しておのづから外国の奴となつて愉快とし、おのれ一人国体を失するのみならず、毒を万人に流す、己をはなれて、天の自然による事あたはざるによつてなり、志を起して道を修せんもの、始に眼を国体にひらき、而後に広く事物にわたらば、見るにしたがひ、聞くにしたがつて、悉く我国の用をなさん、此これを道の本体を知るといふ、
書き下し
○國に自然の體あり、其躰をうしなはず、天命にしたがつて治をなす、是を道といふ、明將天地と渾融し、道を踏んで、萬世國土の則とす、時移り星換り、異國の道混雜して、人心密を貴とび、簡をいやしむ、果して外國へ朝貢し、天命の自然を誤まり、外國聖人の道を以て我國に布んとす、爰を以て國基ゆるまり、王位衰ふ、國躰を失ふによつてなり、外國の道、豈あしきとせんや、聖人天命に從がひ、その國の躰によつて、自然の法をたつ、彼にして是なりといへども、妄意に此に及ぼすときは、齟齬せずと云ふことなし 我國の躰によつて來るに從がつてこれを用んとならば、淺說拙語といへども、國に益あらば、何ぞ廢せん、況や聖者佛者の道をや、かれにして彼道なれども、我國躰のまゝに取て用ゆる時は、猶我道とひとしかるべし、唯從つて學ぶと、取て用をなすと、此境に聞き時は、我國自然の天命を掠むるのみならず、其道とする所、みな空器とならん、博學多聞の人、こゝを辨まへざるにあらず、我學ぶ所に黨しておのづから外國の奴となつて愉快とし、おのれ一人國躰を失するのみならず、毒を萬人に流す、己をはなれて、天の自然による事あたはざるによつてなり、志を起して道を修せんもの、始に眼を國躰にひらき、而後に廣く事物にわたらば、見るにしたがひ、聞くにしたがつて、悉く我國の用をなさん、此これを道の本躰を知るといふ、
現代語訳
一つ、国には自然の体があります。その体を失わず、天命に従って政治を行うことを道といいます。聡明な将は天地と一つに溶け合い、道を踏んで、万世にわたり国土の規範としました。時が移り星が変わり、外国の道が入り混じって、人の心は細やかなものを貴び、簡明なものを卑しむようになりました。その結果、外国へ朝貢して天命の自然を誤り、外国の聖人の道をわが国に広めようとしました。これによって国の基盤がゆるみ、王位が衰えました。国体を失ったからです。外国の道がどうして悪いことがありましょうか。聖人は天命に従い、その国の体に応じて自然の法を立てました。あちらでは正しくても、思いつきでこちらに及ぼせば、食い違わないことはありません。わが国の体に即して必要に応じて用いるなら、浅い説や拙い言葉でも国に益があるのですから、どうして捨てるでしょうか。まして聖者や仏者の道ならなおさらです。あちらではあちらの道であっても、わが国の体のままに取り入れて用いれば、わが道と等しくなるでしょう。ただ従って学ぶのと、取り入れて役立てるのとが、この境で分かれるのです。これを聞き分けないなら、わが国の自然の天命を損なうだけでなく、取り入れた道もみな空の器となるでしょう。博学多識の人がこれをわきまえないのではなく、自分の学ぶところに偏って、いつの間にか外国の奴となって愉快がり、自分一人が国体を失うだけでなく、毒を万人に流します。自分を離れて天の自然に従うことができないからです。志を起こして道を修めようとする者は、まず国体に眼を開き、その後に広く事物に及べば、見るにつけ聞くにつけ、すべてわが国の役に立つでしょう。これを道の本体を知るというのです。
解説

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『弁名』智命を知るとは、天命を知るなり。天の命ずる所何如を知るを謂ふなり。先王の道は、天に本づき、天命を奉じて以て之を行ふ。君子の道を学ぶも、亦た以て天職を奉ぜんと欲するのみ。我道を学び徳を成して爵至らず、是れ天我に命じて以て道を人に伝へしむるなり。君子は教学を以て事と為し、人知らずして慍らず、是れ之を命を知ると謂ふ。凡そ人の力は、及ぶ有り、及ばざる有り。強ひて其の力の及ばざる所の者を求むるは、不智の大なる者なり。故に曰く、「命を知らざれば、以て君子為ること無きなり」と。後儒或いは其の然る所以の理を知ると曰ひ、或いは吉凶禍福を知ると曰ひ、或いは名利得失に毫も心を動かさずと曰ふ。皆道を知らざる者の言のみ。
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『翁問答』上卷之末かの病人悪寒発熱の病勢おとろへ本服しぬれば、常の人の如くに暑き寒さをおぼゆるものなり、その如く運命のいきをひおとろへて其分数極まりぬれば、必らず悪人は六極のがれ難く、善人は五福をうくるものなり、しかるゆへに盗跖は無病息災に難なくながいきして暮しぬる様なれども、おのれと六極の剛悪におちいりて、至誠無息の神理をうしなひ、万世不朽の悪名をながしぬれば、六極の報応さだかならずやまた顔子は箪瓢陋巷不幸短命なれども、五福の攸好徳をうけ、真楽の介福めでたく長在不滅の神理あきらかにして、万世きはまりなく、公爵の追贈四配の祭祀をうけ給ひぬれば、五福の嚮命あきらかならずや運命のいきおひによつて一旦見かけは福善禍淫の常にたがふやうなれども、畢竟しんじつの端的終には天命本然の常にたちかへるものなり、
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段答ふ、其の一家一門の議は、皆々法を知らざるゆへなり。道有りて聚むる金銀は天命なり。天の賜ふ財を舎てず、天の命にそむかず、約を以て礼の本を守れり。又道を行ふ者は、他のそしりは、有るならひなり。孟子曰く、傷むこと無し、士は茲の多口に憎まる。詩に云ふ、憂心悄悄たり、群小に慍まると。孔子なりと。聖人の行ひは、小人の行ひに違へる故、衆の口の為に、孔子も譏りに逢ひ玉へり。又美食を好まざるは、身の分限なり。二汁五菜七菜などと云ふ重き料理は、下々のことにあらず。御上より品を分けて見ば、汝の親方の料理は、今少し奢にても有るべし。それを一門衆は、箸を取り初むる計りとは、分を知らざる奢る者なり。先づ飢饉年には、飯米の調へ代を借り、汝の親方の恵みにより飢ゑに及ばず、それを忘れ、身の分を知らず、
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尚書・康誥惟れ命は常には于いてせず。
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『初学訓』巻之三一人力を以て天命を得る道あり。士は、君に仕へてよく勤むれば、君の寵を得て、禄あつし。農は、田をつとめてよく作れば、秋のなりはひ多し。工商は、其家業をよくつとむれば富む。およそ、四民ともに、よくつとむれば家富む。古語にも、人生はつとめにあり、つとむれば乏しからず、といへり。又倹約を行ひて、濫りに財を費さざれば、よく家をたもちて貧しからず。又養生をよくつつしめば、命ながし。是皆、人力を以て天命を得る理あり。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一天命は天のくだす所、人のうくる所なり。命は猶令のごとしとて、下知の意なり。天よりくだる故に天命といふ。天命に常あり変あり。善を行へば福あり、悪をすれば禍あるは常なり。善人に禍あり。悪人に福あるは変なり。人の吉凶、禍福、寿夭、富貴貧賤、万の幸不幸、皆天の命ずる所なり。人間の万事、天命にあらざる事なし。或は生れつきて定まり、或は時により不慮に命くだりて、偶然として福にあひ、わざはひにあふ。求めても命なければ得がたく、求めざれども命あれば得やすし。唯人の法を行ひて、天命をまつべし。善を行ひて福来るは常の理なれども、もし禍あるは、是また天命の変なれば、うれふべからず。およそ人天命を知りて、命にまかせ、うれひなき工夫をなすべし。天命を知らざれば、命のさだまりありて、福の求めがたく、禍の去りがたき事を知らず。利につき、害をさけんとし、人にへつらひ、神にへつらふは見ぐるし。愚なりといふべし。故に論語に、命を知らざれば以て君子たること無きなりといへり。