大和俗訓 / 巻之四・心術下
一天命は天のくだす所、人のうくる所なり。命は猶令のごとしとて、下知の意なり。天よりくだる故に天命といふ。天命に常あり變あり。善を行へば福あり、惡をすれば禍あるは常なり。善人に禍あり。惡人に福あるは變なり。人の吉凶、禍福、壽夭、富貴貧賤、萬の幸不幸、皆天の命ずる所なり。人間の萬事、天命にあらざる事なし。或は生れつきて定まり、或は時により不慮に命くだりて、偶然として福にあひ、わざはひにあふ。求めても命なければ得がたく、求めざれども命あれば得やすし。唯人の法を行ひて、天命をまつべし。善を行ひて福來るは常の理なれども、もし禍あるは、是また天命の變なれば、うれふべからず。およそ人天命を知りて、命にまかせ、うれひなき工夫をなすべし。天命を知らざれば、命のさだまりありて、福の求めがたく、禍の去りがたき事を知らず。利につき、害をさけんとし、人にへつらひ、神にへつらふは見ぐるし。愚なりといふべし。故に論語に、不知命無以爲君子也といへり。
新字:一天命は天のくだす所、人のうくる所なり。命は猶令のごとしとて、下知の意なり。天よりくだる故に天命といふ。天命に常あり変あり。善を行へば福あり、悪をすれば禍あるは常なり。善人に禍あり。悪人に福あるは変なり。人の吉凶、禍福、寿夭、富貴貧賤、万の幸不幸、皆天の命ずる所なり。人間の万事、天命にあらざる事なし。或は生れつきて定まり、或は時により不慮に命くだりて、偶然として福にあひ、わざはひにあふ。求めても命なければ得がたく、求めざれども命あれば得やすし。唯人の法を行ひて、天命をまつべし。善を行ひて福来るは常の理なれども、もし禍あるは、是また天命の変なれば、うれふべからず。およそ人天命を知りて、命にまかせ、うれひなき工夫をなすべし。天命を知らざれば、命のさだまりありて、福の求めがたく、禍の去りがたき事を知らず。利につき、害をさけんとし、人にへつらひ、神にへつらふは見ぐるし。愚なりといふべし。故に論語に、不知命無以為君子也といへり。
書き下し
一天命は天のくだす所、人のうくる所なり。命は猶令のごとしとて、下知の意なり。天よりくだる故に天命といふ。天命に常あり変あり。善を行へば福あり、悪をすれば禍あるは常なり。善人に禍あり。悪人に福あるは変なり。人の吉凶、禍福、寿夭、富貴貧賤、万の幸不幸、皆天の命ずる所なり。人間の万事、天命にあらざる事なし。或は生れつきて定まり、或は時により不慮に命くだりて、偶然として福にあひ、わざはひにあふ。求めても命なければ得がたく、求めざれども命あれば得やすし。唯人の法を行ひて、天命をまつべし。善を行ひて福来るは常の理なれども、もし禍あるは、是また天命の変なれば、うれふべからず。およそ人天命を知りて、命にまかせ、うれひなき工夫をなすべし。天命を知らざれば、命のさだまりありて、福の求めがたく、禍の去りがたき事を知らず。利につき、害をさけんとし、人にへつらひ、神にへつらふは見ぐるし。愚なりといふべし。故に論語に、命を知らざれば以て君子たること無きなりといへり。
現代語訳
天命とは、天が下すところ、人が受けるところです。命はちょうど令のようなもので、下知(命令)の意味です。天より下るので天命といいます。天命には常があり変があります。善を行えば福があり、悪をすれば禍があるのは常です。善人に禍があり、悪人に福があるのは変です。人の吉凶・禍福・長命短命・富貴貧賤、あらゆる幸不幸は、みな天の命じるところです。人間の万事で天命でないものはありません。あるいは生まれつきで定まり、あるいは時によって思いがけず命が下って、偶然に福にあい、災いにあいます。求めても命がなければ得がたく、求めなくても命があれば得やすい。ただ人としての法を行って、天命を待ちなさい。善を行って福が来るのは常の理ですが、もし禍があるなら、これは天命の変なので、憂えてはいけません。およそ人は天命を知って、命にまかせ、憂いのない工夫をすべきです。天命を知らなければ、命に定まりがあって、福は求めがたく禍は去りがたいことを知りません。利につき害を避けようとして、人にへつらい神にへつらうのは見苦しい。愚かだと言うべきです。だから『論語』に「命を知らざれば、以て君子たること無きなり」とあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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言志四録・言志晩録 第百九十一条 苦悩の一半を省く人事の期せざる所に赴くは、究に人力に非ず。人家の貧富の如きは、天に係る有り、人に係る有り。然れども其の人に係る者も、竟に亦天に係る。世に処して能く此の理を知らば、苦悩の一半を省かんのみ。
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『初学訓』巻之三一万の事、皆天命なれば、人の力及びがたし。不幸なりとも、天命をやすんじて、うれふべからず。されども、人事をば尽すべし。人事を尽すとは、わが身を慎みて、行ふべき道をつとめ行ひ、過を改め善に遷りて、禍に遭ふべき罪咎なからんことを求むるをいふ。病ある者の、つつしみてよく保養するも、亦人力を尽すなり。是人力のつとめによりて、天命を得る理あり。此の如くにして、其上は、天命にまかせて楽むべし、うれへて心を苦むべからず。
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『呻吟語』内篇・談道・人事は就ち是れ天命人事は就ち是れ天命なり。
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『呻吟語』外篇・聖賢・成敗を計るに暇あらず聖人の天地に功有るは、只だ是れ人事の二字なり。其の人事を盡くすや、天命を言はず。回天の力無きを知らざるに非ず、人事は當然にして、成敗計るに暇あらざればなり。
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『五常訓』巻之五・智一天命を知るとは、人の吉凶禍福死生は、皆定まれる天命あり。生れつきたる分限あり。分外のさいはひを、人にへつらひ求めても、神にへつらひ祈りても、必得べからざる事を知るを云ふ。然るに、小人は天命を知らず。わざはひあれば、手立を以てのがれんとし、利をねがひては、人にへつらひて、富貴福禄を得んとす。ここを以て、義理をすて、利欲にしたがひて恥ぢず。又いのるまじき理を知らで、神にへつらひて、福を求め、禍をのがれんとす。君子は義理をたつとんで、天命を知る故に、義にそむける事は、大なる利を得るといへど行はず。害ありといへども避けず。天命の求むべからざるを知りて、義に害なしといへども求めず。しかるに、若みだりに利を求め、害をのがれんとして、其益なきことをせば、天命を知らずして、愚なりと云ふべし。何ぞ君子とすべけんや。
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『童子問』卷下問ふ、知命の説に於て、未だ釈然たること能はず。願はくは其の奥旨を発せよ。曰く、蓬も麻中に生ずれば、直からざること能はず。天道は正直にして、四旁上下、渾渾淪淪として、通徹して間無く、斯の理に非ざる莫し。火に近づけば則ち焦げ、水に近づけば則ち濡る。豈に不正不直を以て須臾も身を其の間に置くことを得んや。孔子曰く、君子は天命を畏る。小人は天命を知らずして畏れずと。其の之を畏るる者は、実に畏怖すべくして、慢るべからざるの理有るを以てなり。蓋し夫子五十にして天命を知り、以後初めて語を置くこと此くのごとし。一毫の聡明を作さず、一毫の智見を挟まず、至誠正直にして、内外表裏、打して一片と成り、而る後に以て自得すべし。聡明智見を以て之を得べきに非ざるなり。
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