日本伝治乱要決 / 自立卷・正義・捨身・倹節・親疎の四つの心得
正義第四天の萬物を養育なす、偏頗ある事なし、もと愛憎なく一連して其慈至ればなり、人主の下萬人に於ける、天の物を蓋ふが如く殘所ある事なし、是天の正によればなり、しかれども其立所不正なれば周く物にわたりがたし、故になすべき事、なすまじき事をわけて、正所に立を義といふ、君上下にむかふ仕方正義の外に出る事なし、捨身第五捨身の說佛家にいふ、其解をまつとなかれ、人主の國家における、天に代つて萬物を治む、形骸に心ある時は其位によく立事あたわず、一心道に付て國家人物を撫育するを以て任とする時は、形骸の苦樂を思ふの隙なし、心形骸にひかれざれば、情おのづから正し、情正して事にあたる時は、人に上たるの位を失なふべからず、儉節第六文奢りを導き、質おのづから儉をなす、人性淳朴なる時は自然になすまじきをなさず、人君正にこゝに立べし、しかれども上下尊卑の位あり、等位を失ふときは咎となる、故に等位に弛れざるを節といふ、儉を本として節を失はざる時は當所おのづから正し、等位を分るを主となす時は儉を忘る、爰に於て驕奢にながれてかへる所をしるべからず、親疎第七國に當る時は賢を親み不肖に疎なり、人倫を以て見る時は、骨肉を親み他人に疎なり、國家に立ときは公なり、親疎賢不肖にあり、我における時は私なり、親疎自他にあり、天下は一人の天下にあらず、即天下の天下なり、人主賢をしたしみ不肖に疎き、專要の目あてなり、
新字:正義第四天の万物を養育なす、偏頗ある事なし、もと愛憎なく一連して其慈至ればなり、人主の下万人に於ける、天の物を蓋ふが如く残所ある事なし、是天の正によればなり、しかれども其立所不正なれば周く物にわたりがたし、故になすべき事、なすまじき事をわけて、正所に立を義といふ、君上下にむかふ仕方正義の外に出る事なし、捨身第五捨身の説仏家にいふ、其解をまつとなかれ、人主の国家における、天に代つて万物を治む、形骸に心ある時は其位によく立事あたわず、一心道に付て国家人物を撫育するを以て任とする時は、形骸の苦楽を思ふの隙なし、心形骸にひかれざれば、情おのづから正し、情正して事にあたる時は、人に上たるの位を失なふべからず、倹節第六文奢りを導き、質おのづから倹をなす、人性淳朴なる時は自然になすまじきをなさず、人君正にこゝに立べし、しかれども上下尊卑の位あり、等位を失ふときは咎となる、故に等位に弛れざるを節といふ、倹を本として節を失はざる時は当所おのづから正し、等位を分るを主となす時は倹を忘る、爰に於て驕奢にながれてかへる所をしるべからず、親疎第七国に当る時は賢を親み不肖に疎なり、人倫を以て見る時は、骨肉を親み他人に疎なり、国家に立ときは公なり、親疎賢不肖にあり、我における時は私なり、親疎自他にあり、天下は一人の天下にあらず、即天下の天下なり、人主賢をしたしみ不肖に疎き、専要の目あてなり、
書き下し
正義第四天の萬物を養育なす、偏頗ある事なし、もと愛憎なく一連して其慈至ればなり、人主の下萬人に於ける、天の物を蓋ふが如く殘所ある事なし、是天の正によればなり、しかれども其立所不正なれば周く物にわたりがたし、故になすべき事、なすまじき事をわけて、正所に立を義といふ、君上下にむかふ仕方正義の外に出る事なし、捨身第五捨身の說佛家にいふ、其解をまつとなかれ、人主の國家における、天に代つて萬物を治む、形骸に心ある時は其位によく立事あたわず、一心道に付て國家人物を撫育するを以て任とする時は、形骸の苦樂を思ふの隙なし、心形骸にひかれざれば、情おのづから正し、情正して事にあたる時は、人に上たるの位を失なふべからず、儉節第六文奢りを導き、質おのづから儉をなす、人性淳朴なる時は自然になすまじきをなさず、人君正にこゝに立べし、しかれども上下尊卑の位あり、等位を失ふときは咎となる、故に等位に弛れざるを節といふ、儉を本として節を失はざる時は當所おのづから正し、等位を分るを主となす時は儉を忘る、爰に於て驕奢にながれてかへる所をしるべからず、親疎第七國に當る時は賢を親み不肖に疎なり、人倫を以て見る時は、骨肉を親み他人に疎なり、國家に立ときは公なり、親疎賢不肖にあり、我における時は私なり、親疎自他にあり、天下は一人の天下にあらず、即天下の天下なり、人主賢をしたしみ不肖に疎き、專要の目あてなり、
現代語訳
正義第四 天が万物を養い育てるのに、偏りがありません。もとより愛憎がなく、ひと続きにしてその慈しみが及ぶからです。君主が下の万人に対するのも、天が物を覆うように残る所がないものです。これは天の正によるからです。けれども、その立つ所が不正であれば、あまねく物に行き渡りにくくなります。ゆえに、なすべきこととなすべきでないことを分けて、正しい所に立つことを義といいます。君上が下に向かう仕方は、正義の外に出ることはありません。捨身第五 捨身の説は仏家にいうところです。その解釈を待つまでもありません。君主が国家に対しては、天に代わって万物を治めます。形骸(肉体)に心があるときは、その位によく立つことができません。一心を道に付けて、国家と人々をいつくしみ育てることを任とするときは、形骸の苦楽を思う暇がありません。心が形骸に引かれなければ、情はおのずから正しくなります。情が正しくて事に当たるときは、人の上に立つ位を失うことはありません。倹節第六 文は奢りを導き、質はおのずから倹約をなします。人の性が淳朴なときは、自然となすべきでないことをしません。君主は正しくここに立つべきです。しかし上下尊卑の位があり、等位を失うときは咎となります。ゆえに等位に緩まないことを節といいます。倹を本として節を失わないときは、その所はおのずから正しくなります。等位を分けることを主とするときは、倹を忘れます。ここにおいて驕奢に流れて、帰る所が分からなくなります。親疎第七 国に当たるときは、賢者に親しみ不肖(才徳のない者)に疎くします。人倫で見るときは、骨肉(身内)に親しみ他人に疎くします。国家に立つときは公であって、親疎は賢と不肖にあります。自分においては私であって、親疎は自分と他人にあります。天下は一人の天下ではありません。すなわち天下の天下です。君主が賢者に親しみ不肖に疎くすることが、専ら大切な目当てです。
解説

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