日本伝治乱要決 / 自立卷・労逸の分担、異趣の人、任人の道
勞逸第八人勞する時は道をはなれず、逸する時は道に遠ざかる、自然の理なり、人間上下勞逸あわせ存せずといふ事なし、賢將は心を勞して形逸す、武卒は形を勞して心おのづから逸す、上形を勞する時は官府空位となる、上心逸する時は國家經を失ふ、勞逸の當所辨別せずんばあるべからず、異趣第九人心の同じからざる事、猶其面のごとし、その思ふ所異なれば、其趣おのづから別なり、天下異趣の人をして一趣ならしめんと欲す、あたはざるを強るに似たり、しかれども人心の善を善とし惡を惡とするは一なり、異なる所を以てこれを强ず、一なる所を倡なふて道によらしむるときは、久しからずして相愛し相輔くべし、人を治るの機密なり、任人第十智ある者は萬事我より出て快とし、愚者は萬事人の指揮によつて心を安んず、人智に限りあり、天下の事は無量なり、限ある智を以て無限國事にあたらんとす、實に道に心なきによる、人主の臣に於ける巧匠の諸器におけるが如し、大厦をなすは巧匠の智なり、其功をなすは、諸器の任による、國を治るは人主の德なり、その業をなすは臣の力なり、故に名匠は器をゑらぶ、名將は臣を撰んで官府に屬け、任じて疑はざるときは、海内を平治する事掌をかへすよりもやすし、
新字:労逸第八人労する時は道をはなれず、逸する時は道に遠ざかる、自然の理なり、人間上下労逸あわせ存せずといふ事なし、賢将は心を労して形逸す、武卒は形を労して心おのづから逸す、上形を労する時は官府空位となる、上心逸する時は国家経を失ふ、労逸の当所弁別せずんばあるべからず、異趣第九人心の同じからざる事、猶其面のごとし、その思ふ所異なれば、其趣おのづから別なり、天下異趣の人をして一趣ならしめんと欲す、あたはざるを強るに似たり、しかれども人心の善を善とし悪を悪とするは一なり、異なる所を以てこれを強ず、一なる所を倡なふて道によらしむるときは、久しからずして相愛し相輔くべし、人を治るの機密なり、任人第十智ある者は万事我より出て快とし、愚者は万事人の指揮によつて心を安んず、人智に限りあり、天下の事は無量なり、限ある智を以て無限国事にあたらんとす、実に道に心なきによる、人主の臣に於ける巧匠の諸器におけるが如し、大厦をなすは巧匠の智なり、其功をなすは、諸器の任による、国を治るは人主の徳なり、その業をなすは臣の力なり、故に名匠は器をゑらぶ、名将は臣を撰んで官府に属け、任じて疑はざるときは、海内を平治する事掌をかへすよりもやすし、
書き下し
勞逸第八人勞する時は道をはなれず、逸する時は道に遠ざかる、自然の理なり、人間上下勞逸あわせ存せずといふ事なし、賢將は心を勞して形逸す、武卒は形を勞して心おのづから逸す、上形を勞する時は官府空位となる、上心逸する時は國家經を失ふ、勞逸の當所辨別せずんばあるべからず、異趣第九人心の同じからざる事、猶其面のごとし、その思ふ所異なれば、其趣おのづから別なり、天下異趣の人をして一趣ならしめんと欲す、あたはざるを強るに似たり、しかれども人心の善を善とし惡を惡とするは一なり、異なる所を以てこれを强ず、一なる所を倡なふて道によらしむるときは、久しからずして相愛し相輔くべし、人を治るの機密なり、任人第十智ある者は萬事我より出て快とし、愚者は萬事人の指揮によつて心を安んず、人智に限りあり、天下の事は無量なり、限ある智を以て無限國事にあたらんとす、實に道に心なきによる、人主の臣に於ける巧匠の諸器におけるが如し、大厦をなすは巧匠の智なり、其功をなすは、諸器の任による、國を治るは人主の德なり、その業をなすは臣の力なり、故に名匠は器をゑらぶ、名將は臣を撰んで官府に屬け、任じて疑はざるときは、海内を平治する事掌をかへすよりもやすし、
現代語訳
労逸第八 人は労するときは道を離れず、逸するときは道から遠ざかります。これは自然の理です。人間は上下ともに、労と逸がともに存在しないということはありません。賢将は心を労して形は逸し、武卒は形を労して心はおのずから逸します。上に立つ者が形を労するときは、官府は空位になります。上に立つ者の心が逸するときは、国家は経(筋道)を失います。労逸のあるべき所は弁えなければなりません。異趣第九 人の心が同じでないことは、その顔と同じです。思うところが異なれば、その趣もおのずから別です。天下の異なる趣の人を一つの趣にしようとするのは、できないことを強いるのに似ています。けれども、人の心が善を善とし悪を悪とすることは一つです。異なるところで人に強いず、一つであるところを唱えて道によらせるときは、久しからずして互いに愛し、互いに助け合うでしょう。これが人を治める機密です。任人第十 智のある者は万事を自分から出すのを快とし、愚かな者は万事を人の指揮によって心を安んじます。人の智には限りがあります。天下の事は無量です。限りのある智で無限の国事に当たろうとするのは、実に道に心がないからです。君主が臣におけるのは、巧匠が諸器におけるようなものです。大きな家を建てるのは巧匠の智です。その功をなすのは、諸器の働きによります。国を治めるのは君主の徳です。その業をなすのは臣の力です。ゆえに名匠は器を選びます。名将は臣を選んで官府に配属し、任じて疑わないときは、海内を平らかに治めることは掌を返すよりも易しいでしょう。
解説

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