直毘霊 / 仁義礼譲孝悌忠信
さて其道といふ物のさまは、いかなるぞといへば、仁義禮讓孝悌忠信などいふ、こちたき名どもを、くさぐさ作り設て、人をきびしく敎へおもむけむとぞすなる、さるは後世の法律を、先王の道にそむけりとて、儒者はそしれども、先王の道も、古の法律なるものをや、また易などいふ物をさへ作りて、いともこゝろふかげにいひなして、天地の理をきはめつくしたりと思ふよ、これはた世人をなつけ治めむための、たばかり事ぞ、
新字:さて其道といふ物のさまは、いかなるぞといへば、仁義礼譲孝悌忠信などいふ、こちたき名どもを、くさぐさ作り設て、人をきびしく教へおもむけむとぞすなる、さるは後世の法律を、先王の道にそむけりとて、儒者はそしれども、先王の道も、古の法律なるものをや、また易などいふ物をさへ作りて、いともこゝろふかげにいひなして、天地の理をきはめつくしたりと思ふよ、これはた世人をなつけ治めむための、たばかり事ぞ、
書き下し
さてその道というものの様は、いかなるぞと言えば、仁義礼譲孝悌忠信などいう、こちたき名どもを、くさぐさ作り設けて、人を厳しく教え趣けむとぞすなる。さるは後世の法律を、先王の道に背けりとて、儒者はそしれども、先王の道も、古の法律なるものをや。また易などいう物をさえ作りて、いとも心深げに言いなして、天地の理を究め尽くしたりと思うよ。これはた世人を懐け治めむための、たばかり事ぞ。
現代語訳
さて、その道というもののありさまはどうかといえば、仁・義・礼・譲・孝・悌・忠・信などという仰々しい名目をいろいろと作り設けて、人を厳しく教え導こうとするのである。そもそも後世の法律を、先王の道に背くものだとして儒者は非難するけれども、先王の道もまた、古の法律にほかならないではないか。また『易』などというものまで作って、たいそう奥深そうに言い立て、天地の理を究め尽くしたと思っているのだ。これもまた、世の人を手なずけて治めるための策略である。
解説
関連する章句
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『直毘霊』二つには過ぎずさて其の聖人どもの作りかまえて、定めおきつることをなも、道とはいうなる。かかれば、唐国にして道という物も、其の旨をきわむれば、ただ人の国を奪わむがためと、人に奪わるまじきかまえとの、二つには過ぎずなもある。
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『直毘霊』人は鳥虫に劣れりとや世の中に生きとし生ける物、鳥虫に至るまでも、己が身のほどほどに必ずあるべき限りのわざは、産巣日神の御霊に頼りて、自ずからよく知りて為すものなる中にも、人は殊に優れたる物と生まれつれば、又しか優れたるほどに適いて、知るべき限りは知り、すべき限りはする物なるに、いかでか其の上を猶強いることのあらん、教えによらずては、え知らずえせぬものと言わば、人は鳥虫に劣れりとやせん、いわゆる仁義礼譲孝悌忠信の類、皆人の必ずあるべきわざなれば、あるべき限りは、教えを借らざれども、自ずからよく知りて為すことなるに、彼の聖人の道は、もと治まり難き国を、強いて治めんとして作れる物にて、人の必ず有るべき限りを過ぎて、猶厳しく教え立てんとせる強い事なれば、まことの道に適わず、故口には人皆事々しく言いながら、まことに然行う人は、世々にいと有り難きを、天理のままなる道と思うはいたく違えり、又其の道に背ける心を、人欲と言いて憎むも、心得ず、そもそも其の人欲という物は、
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『直毘霊』儒者どものさえずりぐさもとよりしか穢悪き心もて作りて、人を欺く道なるけにや、後の人も、上辺こそ尊み従いがおにもてなすめれど、まことには一人も守り勤むる人なければ、国の助けとなることもなく、その名のみ広ごりて、ついに世に行わるることなくて、聖人の道は、ただいたずらに人をそしる世々の儒者どもの、さえずりぐさとぞなれりける。然るに儒者の、ただ六経などいう書をのみ捕らえて、彼の国をしも、道正しき国ぞと、言いののしるは、いたく違えることなり。
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『直毘霊』道を作りて正すはかく道ということを作りて正すは、もと道の正しからぬが故のわざなるを、かえりてたけきことに思い言うこそ痴なれ。そも後の人、此の道のままに行わばこそあらめ。さる人は、よよに一人だに有りがたきことは、かの国の世々の史どもを見ても、しるき物をや。
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『直毘霊』垣内を離れて見れば古えは道という言挙げなかりし故に、古書どもに露ばかりも道々しき意も語も見えず、故舎人親王を始め奉りて、世々の識者ども、道の意をえ捉えず、唯彼の道々しきことこちたく言える、唐書の説のみ、心の底に染み着きて、其を天地の自ずからなる理と思い居る故に、すがるとは思わねども、自ずからそれにまつわれて、彼方へのみ流れゆくめり、されば異国の道を道の羽翼となるべき物と思うも、即ち其の心の彼処へ奪われつるなりけり、大方漢国の説は、彼の陰陽乾坤などをはじめ、諸皆、もと聖人どもの己が智をもて、推し量りに作り構えたる物なれば、うち聞きには、理深げに聞こゆめれども、彼が垣内を離れて外よりよく見れば、何ばかりのこともなく、中々に浅はかなることどもなりかし、されど昔も今も世人の此の垣内に迷い入りて、え出で離れぬこそ口惜しけれ、大御国の説は、神代より伝え来しままにして、いささかも人のさかしらを加えざる故に、上辺は唯浅々と聞こゆれども、実には底ひもなく、人の智のえ測らぬ、
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『直毘霊』道てふことはあれども道はなき漢国などは、道てふことはあれども、道はなきが故に、もとより乱りなるが、世世にますます乱れ乱れて、終には傍らの国人に国はことごとく奪われ果てぬ。其は夷狄と言いて卑しめつつ、人の如くも思えらざりしものなれども、勢い強くして、奪い取りつれば、せむ術なく天子と言いて、仰ぎ居るなるは、いともあさましき有様ならずや。かくても儒者はなお善き国とや思うらむ。王のみならず、おおかた貴き賤しき統定まらず、周と言いし代までは、封建の制とか言いて、この別ありしが如くなれど、それも王の統変われば、下までも共に変わりつれば、まことは別なし。秦よりこなたは、いよよこの道立たず、乱りにして、賤しき奴の女も、君の寵のまにまに、忽ちに后の位に上り、王の女をも、筋なき男に合わせて、恥とも思えらず。また昨日まで山賤なりし者も、今日はにわかに国の政執る高官にもなり上るたぐい、およそ貴賤き品定まらず、鳥獣の有様に異ならずなもありける。
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