荀子 / 大略篇
不知而問堯舜,無有而求天府。曰:先王之道,則堯舜已;六貳之博,則天府已。
書き下し
知らずして堯舜(ぎょうしゅん)に問ひ、有(も)つこと無くして天府(てんぷ)に求む。曰く、先王の道は、則ち堯舜のみ。六貳(りくじ)の博きは、則ち天府のみ。
現代語訳
知らないことがあれば堯舜に問い、持たないものがあれば天の宝蔵に求めよ。堯舜とは何か。それは先王の道のことである。天の宝蔵とは何か。それは六つの経書の、広く尽きることのない学びのことである。
解説
分からないとき、足りないときに、どこへ向かえばよいのかを示した一段です。堯舜に問えと言い、天府に求めよと言う。そのうえで、堯舜とは要するに先王の道であり、天府とは経書の広大な学びのことだ、と自ら種明かしをします。つまり、聖人に直接会えなくても、先人の残した道と書物のなかに、必要なものはすでにそろっているというのです。天府とは天の宝蔵という意味で、いくら汲んでも尽きない無尽蔵の蓄えを指します。荀子は思いつきや直感で答えを出すことを好まず、必ず蓄積された知に立ち返らせようとします。私たちも、行き詰まったときにまず自分の頭のなかを掻き回しがちですが、その前に、先に同じ問いと格闘した人の言葉を訪ねる。これが最も確実で、最も安上がりな道です。
この章句が説くこと
天府先王の道古典に学ぶ無尽蔵の知
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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