直毘霊 / 儒者どものさえずりぐさ
もとよりしか穢惡き心もて作りて、人をあざむく道なるけにや、後人も、うはべこそたふとみしたがひがほにもてなすめれど、まことには一人も守りつとむる人なければ、國のたすけとなることもなく、其名のみひろごりて、つひに世に行はるゝことなくて、聖人の道は、たゞいたづらに人をそしる世々の儒者どもの、さへづりぐさとぞなれりける、然るに儒者の、たゞ六經などいふ書をのみとらへて、彼國をしも、道正しき國ぞと、いひのゝしるは、いたくたがへることなり、
新字:もとよりしか穢悪き心もて作りて、人をあざむく道なるけにや、後人も、うはべこそたふとみしたがひがほにもてなすめれど、まことには一人も守りつとむる人なければ、国のたすけとなることもなく、其名のみひろごりて、つひに世に行はるゝことなくて、聖人の道は、たゞいたづらに人をそしる世々の儒者どもの、さへづりぐさとぞなれりける、然るに儒者の、たゞ六経などいふ書をのみとらへて、彼国をしも、道正しき国ぞと、いひのゝしるは、いたくたがへることなり、
書き下し
もとよりしか穢悪き心もて作りて、人を欺く道なるけにや、後の人も、上辺こそ尊み従いがおにもてなすめれど、まことには一人も守り勤むる人なければ、国の助けとなることもなく、その名のみ広ごりて、ついに世に行わるることなくて、聖人の道は、ただいたずらに人をそしる世々の儒者どもの、さえずりぐさとぞなれりける。然るに儒者の、ただ六経などいう書をのみ捕らえて、彼の国をしも、道正しき国ぞと、言いののしるは、いたく違えることなり。
現代語訳
もともとそのように汚れた心で作って、人を欺く道であるせいだろうか、後の人々も、表向きこそ尊び従っているような顔でふるまうようだが、本当は一人も守り努める人がいないので、国の助けとなることもなく、その名ばかりが広まって、結局世に行われることはなく、聖人の道は、ただむやみに人を非難する代々の儒者たちの、おしゃべりの種になってしまった。それなのに儒者が、ただ六経などという書物ばかりを取り上げて、あの国こそ道の正しい国だと言い騒ぐのは、ひどく間違ったことである。
解説
関連する章句
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『直毘霊』いともいとも悪き人なりけりそもそも人の国を奪い取らむとはかるには、よろづに心をくだき、身をくるしめつつ、善きことのかぎりをして、諸人をなつけたる故に、聖人はまことに善き人めきて聞こえ、又その作りおきつる道のさまも、うるわしくよろづにたらいて、めでたくは見ゆめれども、まず己からその道に背きて、君をほろぼし、国をうばえるものにしあれば、みな偽にて、まことはよき人にあらず。いともいとも悪き人なりけり。
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『直毘霊』国を乱すたねされば聖人の道は、国を治めむために作りて、かえりて国を乱すたねともなる物ぞ。すべて何わざも、大らかにして事足りぬることは、さてあるこそよけれ。
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『直毘霊』仁義礼譲孝悌忠信さてその道というものの様は、いかなるぞと言えば、仁義礼譲孝悌忠信などいう、こちたき名どもを、くさぐさ作り設けて、人を厳しく教え趣けむとぞすなる。さるは後世の法律を、先王の道に背けりとて、儒者はそしれども、先王の道も、古の法律なるものをや。また易などいう物をさえ作りて、いとも心深げに言いなして、天地の理を究め尽くしたりと思うよ。これはた世人を懐け治めむための、たばかり事ぞ。
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『直毘霊』道を作りて正すはかく道ということを作りて正すは、もと道の正しからぬが故のわざなるを、かえりてたけきことに思い言うこそ痴なれ。そも後の人、此の道のままに行わばこそあらめ。さる人は、よよに一人だに有りがたきことは、かの国の世々の史どもを見ても、しるき物をや。
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『直毘霊』もろこしには聖人とぞ云ふなる其が中に、威力あり智り深くて、人をなづけ、人の国を奪い取りて、又人にうばわるまじき事量をよくして、しばし国をよく治めて、後の法ともなしたる人を、もろこしには聖人とぞ云うなる。
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『直毘霊』二つには過ぎずさて其の聖人どもの作りかまえて、定めおきつることをなも、道とはいうなる。かかれば、唐国にして道という物も、其の旨をきわむれば、ただ人の国を奪わむがためと、人に奪わるまじきかまえとの、二つには過ぎずなもある。
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