無門関 / 第三十一則 趙州勘婆
【無門曰】婆子只解坐籌帷幄。要且著賊。不知趙州老人善用偷營劫塞之機。又且無大人相。撿點將來二俱有過。且道那裏是趙州勘破婆子處。【頌曰】問既一般 答亦相似 飯裏有砂 泥中有刺
新字:【無門曰】婆子只解坐籌帷幄。要且著賊。不知趙州老人善用偸営劫塞之機。又且無大人相。撿点将来二倶有過。且道那裏是趙州勘破婆子処。【頌曰】問既一般 答亦相似 飯裏有砂 泥中有刺
書き下し
無門曰く、婆子は只だ坐して帷幄(いあく)に籌(はかりごと)することを解して、要且(ようしゃ)賊に著(つ)くことを知らず。趙州老人は善く偸営劫塞(とうえいごうさい)の機を用ゆれども、又且つ大人の相無し。撿点(けんてん)し将(も)ち来たれば、二(ふた)り俱に過有り。且く道へ、那裏(いずこ)か是れ趙州の婆子を勘破する処。頌に曰く、問既に一般、答も亦た相似たり。飯裏(はんり)に砂有り、泥中に刺(とげ)有り。
現代語訳
無門は言う。老婆は本陣に座って作戦を練ることだけは心得ているが、実は賊に入り込まれていることに気づいていない。趙州老人は敵陣に忍び込み砦を奪う手並みはうまいが、これまた大人物の風格がない。点検してみれば、二人ともに落ち度がある。さて言ってみよ、どこが趙州が老婆を見破ったところなのか。頌に言う。問いは同じ、答えもまた似たようなもの。飯の中に砂があり、泥の中に棘がある。
解説
本則では、五台山への道を問う僧に老婆が「まっすぐ行け」と言い、歩き出すと「立派な坊さんがまたあの調子で行く」とからかう。趙州従諗は自ら出向いて同じ問答をし、「見破った」と宣言した。だが、問いも答えも前と同じで、何を見破ったのかは誰にも分からない。無門はこの点を突き、老婆は陣中で策を練るばかりで足元に賊が入ったのを知らず、趙州は奇襲はうまいが品がない、と両成敗にする。頌の「飯に砂、泥に棘」は、何気ない同じやり取りの中に、噛めば歯を痛める仕掛けがあるということだ。同じ言葉でも、誰が何を見て言うかで意味は変わる。表面の一致だけで評価を下していないか。
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