孟子 / 盡心章句下
未之有也。」
書き下し
未だ之れ有らざるなり。」
現代語訳
(仁でない者が天下を手に入れたことは、)いまだかつてないのである。」
解説
「不仁にして国を得る者は之れ有り」に続く結びの一句です。仁でない者が一国を得ることはあっても、天下を得た例はいまだかつてない、と孟子は断言します。一国ならば策略や武力で奪えても、天下は天下の民の心が向かうところにしか定まらないからです。孟子は、桀や紂が天下を失ったのは民の心を失ったからであり、湯王や武王が天下を得たのは民の心を得たからだと繰り返し説きました。王道と覇道を分けるのは、力で服従させるか、徳で心から従わせるかの違いです。現代の組織でも、一時的な成功は手段を選ばずに得られることがありますが、多くの人の心からの支持は、仁と誠実さなしには得られません。大きな仕事ほど、人心の支えが欠かせないのです。
関連する章句
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「不仁にして国を得る者は、之れ有り。不仁にして天下を得る者は、
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「桀紂の天下を失ふや、其の民を失へばなり。其の民を失ふ者は、其の心を失へばなり。天下を得るに道有り、其の民を得れば斯に天下を得。其の民を得るに道有り、其の心を得れば斯に民を得。其の心を得るに道有り、欲する所は、之を与へて之を聚め、悪む所は、施すこと勿きのみ。民の仁に帰するや、猶ほ水の下きに就き、獣の壙(ひろの)に走るがごときなり。故に淵の為に魚を駆る者は、獺なり。叢の為に爵を駆る者は、鸇なり。湯・武の為に民を駆る者は、桀と紂となり。今天下の君に仁を好む者有らば、則ち諸侯皆之が為に駆らん。王たること無からんと欲すと雖も、得べからざるのみ。今の王たらんと欲する者は、猶ほ七年の病に三年の艾を求むるがごときなり。苟くも畜へずと為さば、終身得ず。苟くも仁に志さざれば、終身憂辱して、以て死亡に陥らん。詩に云ふ、『其れ何ぞ能く淑からん、載ち胥及に溺る。』と、此の謂なり。」
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孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「力を以て仁を假る者は霸たり。霸は必ず大國を有つ。德を以て仁を行う者は王たり。王は大を待たず。湯は七十里を以てし、文王は百里を以てす。力を以て人を服する者は、心服に非ざるなり。力贍らざればなり。德を以て人を服する者は、中心悅んで誠に服するなり。七十子の孔子に服するが如きなり。詩に云う、『西自り東自り、南自り北自り、思いて服せざる無し。』此を之れ謂うなり。」
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「三代の天下を得るや仁を以てし、其の天下を失ふや不仁を以てす。国の廃興存亡する所以の者も亦た然り。天子不仁なれば、四海を保たず。諸侯不仁なれば、社稷を保たず。卿大夫不仁なれば、宗廟を保たず。士庶人不仁なれば、四体を保たず。今死亡を悪みて不仁を楽しむは、
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「人有り曰く、『我善く陳を為し、我善く戰いを為す。』大罪なり。國君、仁を好めば、天下に敵無し。南面して征すれば、北狄怨み、東面して征すれば、西夷怨む。曰く、『奚為れぞ我を後にする。』武王の殷を伐つや、革車三百兩、虎賁三千人。王曰く、『畏るること無かれ、爾を寧んずるなり。百姓を敵とするに非ざるなり。』崩るるが若く厥角稽首す。征の言為る、正なり。各々己を正しくせんと欲せば、焉くんぞ戰いを用いん。」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「霸者の民は、驩虞如たり。王者の民は、皞皞如たり。之を殺すも怨みず、之を利するも庸とせず。民、日に善に遷りて、而も之を為す者を知らず。夫れ君子の過ぐる所の者は化し、存する所の者は神なり。上下、天地と流を同じうす。豈に之を小補すと曰んや。」
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