孟子 / 盡心章句下
孟子曰:「不仁而得國者,有之矣;不仁而得天下者,
新字:孟子曰:「不仁而得国者,有之矣;不仁而得天下者,
書き下し
孟子曰く、「不仁にして国を得る者は、之れ有り。不仁にして天下を得る者は、
現代語訳
孟子は言った。「仁でない者が一国を手に入れることは、ある。しかし仁でない者が天下を手に入れたことは、(いまだかつてない)
解説
不仁な者でも一国を手に入れることはあるが、天下を手に入れることはできない、と孟子は言います。謀略や武力、裏切りによって国を奪った例は戦国時代にいくらでもありました。しかし天下を得るには、天下の民の心を得なければなりません。民の心は力ずくでは得られず、仁によってしか得られないというのが孟子の民本思想です。覇道で一時の勢力は築けても、王道でなければ天下は治まらないという主張の要約でもあります。後に天下を統一した秦がわずか十五年で滅んだことを思うと、示唆に富む言葉です。組織でも、強引な手法で一部門や一時の業績を得ることはできても、業界や社会全体の信頼を得るには、誠実さを積み重ねるしかありません。
この章句が説くこと
真の成功仁王道人徳信頼覇道
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