孟子 / 萬章章句上
萬章問曰:「《詩》云:『娶妻如之何?必告父母。』信斯言也,宜莫如舜。舜之不告而娶,何也?」孟子曰:「告則不得娶。男女居室,人之大倫也。如告則廢人之大倫以懟父母,是以不告也。」萬章曰:「舜之不告而娶,則吾既得聞命矣。帝之妻舜而不告,何也?」曰:「帝亦知告焉則不得妻也。」萬章曰:「父母使舜完廩,捐階,瞽瞍焚廩。使浚井,出,從而掩之。象曰:『謨蓋都君咸我績。牛羊父母,倉廩父母,干戈朕,琴朕,弤朕,二嫂使治朕棲。』象往入舜宮,舜在床琴。象曰:『郁陶思君爾。』忸怩。舜曰:『唯茲臣庶,汝其于予治。』不識舜不知象之將殺己與?」曰:「奚而不知也?象憂亦憂,象喜亦喜。」曰:「然則舜偽喜者與?」曰:「否。昔者有饋生魚於鄭子產,子產使校人畜之池。校人烹之,反命曰:『始舍之圉圉焉,少則洋洋焉,攸然而逝。』子產曰:『得其所哉!得其所哉!』校人出,曰:『孰謂子產智?予既烹而食之,曰:「得其所哉!得其所哉!」』故君子可欺以其方,難罔以非其道。彼以愛兄之道來,故誠信而喜之。奚偽焉?」
新字:万章問曰:「《詩》云:『娶妻如之何?必告父母。』信斯言也,宜莫如舜。舜之不告而娶,何也?」孟子曰:「告則不得娶。男女居室,人之大倫也。如告則廃人之大倫以懟父母,是以不告也。」万章曰:「舜之不告而娶,則吾既得聞命矣。帝之妻舜而不告,何也?」曰:「帝亦知告焉則不得妻也。」万章曰:「父母使舜完廩,捐階,瞽瞍焚廩。使浚井,出,従而掩之。象曰:『謨蓋都君咸我績。牛羊父母,倉廩父母,干戈朕,琴朕,弤朕,二嫂使治朕棲。』象往入舜宮,舜在床琴。象曰:『郁陶思君爾。』忸怩。舜曰:『唯茲臣庶,汝其于予治。』不識舜不知象之将殺己与?」曰:「奚而不知也?象憂亦憂,象喜亦喜。」曰:「然則舜偽喜者与?」曰:「否。昔者有饋生魚於鄭子産,子産使校人畜之池。校人烹之,反命曰:『始舎之圉圉焉,少則洋洋焉,攸然而逝。』子産曰:『得其所哉!得其所哉!』校人出,曰:『孰謂子産智?予既烹而食之,曰:「得其所哉!得其所哉!」』故君子可欺以其方,難罔以非其道。彼以愛兄之道来,故誠信而喜之。奚偽焉?」
書き下し
万章問ひて曰く、「詩に云ふ、『妻を娶るは之を如何せん。必ず父母に告ぐ。』と。信に斯の言のごとくならば、宜しく舜に如くは莫かるべし。舜の告げずして娶るは、何ぞや。」孟子曰く、「告ぐれば則ち娶るを得ず。男女室に居るは、人の大倫なり。如し告ぐれば則ち人の大倫を廃して以て父母に懟(うら)みられん、是を以て告げざるなり。」万章曰く、「舜の告げずして娶るは、則ち吾既に命を聞くを得たり。帝の舜に妻(めあは)せて告げざるは、何ぞや。」曰く、「帝も亦た告ぐれば則ち妻すを得ざるを知ればなり。」万章曰く、「父母舜をして廩を完めしめ、階を捐て、瞽瞍廩を焚く。井を浚へしめ、出づれば、従ひて之を掩ふ。象曰く、『都君を蓋ふを謨りしは咸な我が績なり。牛羊は父母、倉廩は父母、干戈は朕、琴は朕、弤は朕、二嫂は朕が棲を治めしめん。』と。象往きて舜の宮に入れば、舜床に在りて琴ひく。象曰く、『鬱陶として君を思ふのみ。』と。忸怩たり。舜曰く、『惟れ茲の臣庶、汝其れ予に于いて治めよ。』と。識らず、舜は象の将に己を殺さんとするを知らざりしか。」曰く、「奚ぞ而ち知らざらんや。象憂ふれば亦た憂へ、象喜べば亦た喜ぶ。」曰く、「然らば則ち舜は偽りて喜ぶ者か。」曰く、「否。昔者生魚を鄭の子産に饋る有り、子産校人をして之を池に畜はしむ。校人之を烹て、反命して曰く、『始め之を舎せば圉圉焉たり、少くして則ち洋洋焉たり、攸然として逝けり。』と。子産曰く、『其の所を得たるかな、其の所を得たるかな。』と。校人出でて、曰く、『孰か子産を智なりと謂ふ。予既に烹て之を食らふに、曰く、「其の所を得たるかな、其の所を得たるかな。」と。』と。故に君子は欺くに其の方を以てすべきも、罔ふるに其の道に非ざるを以てし難し。彼は兄を愛するの道を以て来る、故に誠に信じて之を喜ぶ。奚ぞ偽らんや。」
現代語訳
万章(ばんしょう、孟子の弟子)が尋ねた。「『詩経』に『妻を娶るにはどうするか。必ず父母に告げる。』とある。本当にこの言葉のとおりなら、舜ほどそれを守るべき人はいないはずだ。それなのに舜が父母に告げずに妻を娶ったのは、なぜか。」孟子は言った。「告げれば娶ることができなかったからである。男女が夫婦として暮らすのは、人の最も大切な道である。もし告げれば、その大切な道を捨てることになり、かえって父母を恨むことになる。だから告げなかったのである。」万章が言った。「舜が告げずに娶ったわけは、もう教えていただいた。では帝堯(ていぎょう)が娘を舜に嫁がせるのに、舜の父母に告げなかったのは、なぜか。」孟子は言った。「帝堯もまた、告げれば嫁がせることができないと知っていたからである。」万章が言った。「舜の父母は舜に穀物倉の屋根を修理させておいて、はしごを取り外し、父の瞽瞍(こそう)が倉に火をつけた。また井戸をさらわせ、舜が(横穴から)抜け出たのに、後から井戸を埋めてしまった。弟の象(しょう)は言った。『都君(舜)を生き埋めにする計略は、みな私の手柄だ。牛や羊は父母のもの、倉も父母のもの、盾と矛は私のもの、琴は私のもの、弓も私のもの、二人の兄嫁には私の寝床の世話をさせよう。』象が舜の住まいに入っていくと、舜は寝台に座って琴を弾いていた。象は『兄さんのことが気がかりで、ふさぎこんでいた。』と言い、恥ずかしそうにした。舜は『ここにいる家臣や民を、お前が私に代わって治めてくれ。』と言った。舜は、象が自分を殺そうとしていたことを知らなかったのだろうか。」孟子は言った。「どうして知らないことがあろうか。ただ舜は、象が憂えれば自分も憂え、象が喜べば自分も喜んだのである。」万章が言った。「それでは舜は、喜んだふりをしたのか。」孟子は言った。「そうではない。昔、生きた魚を鄭の子産(しさん、鄭の名宰相)に贈った人がいた。子産は池の番人にそれを池で飼わせた。番人は魚を煮て食べてしまい、こう報告した。『はじめ放したときは弱ってぐったりしていたが、しばらくすると元気に泳ぎだし、すいすいと遠くへ行ってしまった。』子産は『ふさわしい所を得たのだな、ふさわしい所を得たのだな。』と言った。番人は退出して言った。『誰が子産を知恵者だと言うのか。私はとっくに煮て食べてしまったのに、「ふさわしい所を得たのだな」と言っている。』このように、君子は筋の通った話でならだますことができるが、道理に外れたことで欺くのは難しい。象は兄を愛する者としての道にかなった態度でやって来た。だから舜は心から信じて喜んだのである。どうして偽りなどあろうか。」
解説
関連する章句
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孟子・萬章章句上萬章問いて曰く、「舜、田に往き、旻天に號泣す。何為れぞ其れ號泣するや。」孟子曰く、「怨慕すればなり。」萬章曰く、「父母之を愛すれば、喜びて忘れず。父母之を惡めば、勞して怨みず。然らば則ち舜は怨みたるか。」曰く、「長息、公明高に問いて曰く、『舜の田に往くは、則ち吾既に命を聞くを得たり。旻天に、父母に號泣するは、則ち吾知らざるなり。』公明高曰く、『是れ爾の知る所に非ざるなり。』夫の公明高は孝子の心を以て、是の若く恝(カツ)ならずと為す。『我は力を竭くして田を耕し、子為るの職に共するのみ。父母の我を愛せざるは、我に於て何ぞや。』帝、其の子九男二女をして百官牛羊倉廩を備え、以て舜に畎畝の中に事えしむ。天下の士、之に就く者多し。帝將に天下を胥(みる)て之に遷さんとす。父母に順われざるが為に、窮人の歸する所無きが如し。天下の士之を悅ぶは、人の欲する所なり。而も以て憂いを解くに足らず。好色は人の欲する所なり。帝の二女を妻とすれども、而も以て憂いを解くに足らず。富は人の欲する所なり。富、天下を有てども、而も以て憂いを解くに足らず。貴きは人の欲する所なり。貴きこと天子と為れども、而も以て憂いを解くに足らず。人之を悅び、好色・富貴あるも、以て憂いを解くに足る者無し。惟だ父母に順わるれば、以て憂いを解く可し。人少ければ、則ち父母に慕い、好色を知れば、則ち少艾を慕い、妻子有れば、則ち妻子を慕い、仕うれば則ち君を慕い、君に得ざれば則ち熱中す。大孝は終身父母を慕う。五十にして慕う者は、予、大舜に於いて之を見る。」 <語釈> ○「舜往于田」、趙注:歴山に耕すの時を謂う。○「怨慕」、趙注:舜、自ら父母に惡まるるの厄を怨みて思慕するなり。伊藤仁斉や中井履軒などは、この解釈に反対して、父母を怨み慕うと解釈している。下文の萬章の言葉からすると、後説の方が妥当うな気がするので、後説を採用した。○「長息・公明高」、趙注:長息は公明高の弟子、公明高は曾子の弟子。○「為不若是恝」、「若是」は、下文に四句を指す。「恝」は、趙注:愁い無きの貌、○「畎畝」、「畎」(ケン)は田閒のみぞ、「畝」は田のあぜ、「畎畝」で農業を指す。○「胥」、朱注:胥は相視るなり。“みる”と訓ず。○「少艾」、朱注:艾は美好なり。若い美人の意。
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孟子・萬章章句上萬章問いて曰く、「象は日に舜を殺すを以て事と為す。立ちて天子為れば、則ち之を放するは、何ぞや。」孟子曰く、「之を封ずるなり。或ひと曰く、放すと。」萬章曰く、「舜、共工を幽州に流し、驩兜を崇山に放し、三苗を三危に殺(サイ)し、鯀を羽山に殛(キョク)す。四罪して天下咸服せり。不仁を誅すればなり。象は至って不仁なり。之を有庳に封ず。有庳の人奚の罪かある。仁人は固より是の如きか。他人に在りては、則ち之を誅し、弟に在りては、則ち之を封ず。」曰く、「仁人の弟に於けるや、怒りを藏せず、怨みを宿めず。之を親愛するのみ。之を親しんでは其の貴からんことを欲し、之を愛しては其の富まんことを欲するなり。之を有庳に封ずるは、之を富貴にするなり。身、天子為り、弟、匹夫為らば、之を親愛すと謂う可けんや。」「敢て問う、或ひと曰く、放すとは、何の謂ぞや。」曰く、「象は其の國を為むること有るを得ず。天子、吏をして其の國を治めて、其の貢Ԭを納れしむ。故に之を放すと謂う。豈に彼の民を暴することを得んや。然りと雖も、常常にして之を見んことを欲す。故に源源として來たる。『貢に及ばず、政を以て有庳に接す。』とは、此を之れ謂うなり。」
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孟子・萬章章句上咸丘蒙問いて曰く、「語に云う、『盛德の士は、君も得て臣とせず、父允若。是為父不得而子也。も得て子とせず。舜南面して立つや、堯、諸侯を帥いて北面して之に朝す。瞽瞍も亦た北面して之に朝す。舜、瞽瞍を見て、其の容蹙有り。孔子曰く、斯の時に於いてや、天下殆いかな、岌岌乎たり、と。』識らず、此の語誠に然るか。」孟子曰く、「否。此れ君子の言に非ず。齊の東野人の語なり。堯老して舜攝するなり。堯典に曰く、『二十有八載、放勳乃ち徂落す。百姓、考妣を喪するが如し。三年、四海、八音を遏密す。』孔子曰く、『天に二日無く、民に二王無し。』舜既に天子為り。又天下の諸侯を帥いて以て堯の三年の喪を為さば、是れ二天子なり。」咸丘蒙曰く、「舜の堯を臣とせざるは、則ち吾既に命を聞くことを得たり。詩に云う、『普天の下、王土に非ざるは莫く、率土の濱、王臣に非ざるは莫し。』而して舜既に天子為り。敢て問う、瞽瞍の臣に非ざるは如何。」曰く、「是の詩や、是を之れ謂うに非ざるなり。王事に勞して、父母を養うことを得ざるなり。曰く、『此れ王事に非ざること莫し。我獨り賢勞す。』故に詩を説く者は、文を以て辭を害せず、辭を以て志を害せず、意を以て志を逆う。是れ之を得たりと為す。如し辭のみを以てせば、雲漢の詩に曰く、『周餘の黎民、孑遺(ゲツ・イ)有ること靡し。』斯の言を信ぜば、是れ周に遺民無きなり。孝子の至りは、親を尊ぶより大なるは莫し。親を尊ぶの至りは、天下を以て養うより大なるは莫し。天子の父為るは、尊ぶの至りなり。天下を以て養うは、養うの至りなり。詩に曰く、『永く言に孝思う、孝を思えば維れ則たり。』此れ之を謂うなり。書に曰く、『載を祗みて瞽瞍に見え、夔夔として齊栗す。瞽瞍も亦た允とし若えり。』是を父得て子とせずと為す。」
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孟子・萬章章句下萬章曰く、「士の諸侯に託せざるは、何ぞや。」孟子曰く、「敢てせざるなり。諸侯國を失いて、而る後諸侯に託すは、禮なり。士の諸侯に託するは、禮に非ざればなり。」萬章曰く、「君、之に粟を餽れば、則ち之を受けんか。」曰く、「之を受けん。」「之を受くるは何の義ぞや。」曰く、「君の氓に於けるや、固より之を周うべければなり。」曰く、「之を周えば則ち受け、之を賜えば則ち受けざるは、何ぞや。」曰く、「敢てせざるなり。」曰く、「敢て問う、其の敢てせざるは、何ぞや。」曰く、「抱關撃柝の者は、皆常の職有りて、以て上に食む。常の職無くして、上より賜る者は、以て不恭と為せばなり。」曰く、「君之を餽れば、則ち之を受くと、識らず、常に繼ぐ可きか。」曰く、「繆公の子思に於けるや、亟々問いて、亟々鼎肉を餽れり。子思悅ばず。卒りに於いてや、使者を摽(さしまねく)きて、諸を大門の外に出だし、北面し、稽首再拜して受けず。曰く、『今にして後、君の犬馬もて伋を畜いたるを知る。』蓋し是れ自り臺、餽ること無きなり。賢を悦びて舉ぐる能わず、又養う能わずんば、賢を悦ぶと謂う可けんや。」曰く、「敢て問う、國君、君子を養わんと欲す。如何にせば斯に養うと謂う可き。」曰く、「君命を以て之を將い、再拜稽首して受く。其の後は、廩人、粟を繼ぎ、庖人、肉を繼ぐ。君命を以て之を將わず。子思以為えらく、鼎肉、己をして僕僕爾として亟々拜せしむ,君子を養うの道に非ざるなり、と。堯の舜に於けるや、其の子九男をして之に事え、二女をして焉に女わし、百官・牛羊・倉廩備え、以て舜を畎畝の中に養わしむ。後、舉げて諸を上位に加う。故に曰く、『王公の賢を尊ぶ者也なり。』」
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孟子・萬章章句上萬章曰く、「堯は天下を以て舜に與う、と、諸れ有りや。」孟子曰く、「否。天子は天下を以て人に與うること能わず。」「然らば則ち舜の天下を有つや、孰か之を與えたる。」曰く、「天、之を與う。」「天の之を與うるは、諄(ジュン)諄然として之を命ずるか。」曰く、「否。天言わず。行いと事とを以て、之を示すのみ。」曰く、「行いと事とを以て、之を示すとは、之を如何。」曰く、「天子は能く人を天に薦むれども、天をして之に天下を與えしむること能わず。諸侯は能く人を天子薦むれども、天子をして之を諸侯を與えしむること能わず。大夫は能く人を諸侯に薦むれども、諸侯をして之に大夫を與えしむること能わず。昔者、堯、舜を天に薦めて、天、之を受く。之を民に暴わして、民之を受く。故に曰く、天、言わず、行いと事とを以て之を示すのみ、と。」曰く、「敢て問う、之を天に薦めて、天之を受け、之を民に暴わして、民之を受くとは、如何。」曰く、「之をして祭を主らしめて、百神之を享く。是れ天之を受くるなり。之をして事を主らしめて、事治まり、百姓之に安んず。是れ民之を受くるなり。天之を與え、人之を與う。故に曰く、天子は天下を以て人に與うること能わず、と。舜は堯に相たること二十有八載。人の能く為す所に非ざるなり。天なり。堯崩じ、三年の喪畢りて、舜、堯の子を南河の南に避く。天下の諸侯の朝覲する者、堯の子に之かずして、舜に之く。訟獄する者、堯の子に之かずして、舜に之く。謳歌する者、堯の子を謳歌せずして、舜を謳歌す。故に曰く、天なり、と。夫れ然る後、中國に之き、天子の位を踐めり。而し堯の宮に居り、堯の子に逼らば、是れ܈うなり。天の與うるに非ざるなり。泰誓に曰く、『天の視るは我が民に自りて視、天の聽くは我が民に自りての聽く。』此を之れ謂うなり。」
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孟子・盡心章句上桃應問いて曰く、「舜、天子と為り、皋陶、士と為り、瞽瞍、人を殺さば、則ち之を如何せん。」孟子曰く、「之を執らえんのみ。」「然らば則ち舜は禁ぜざるか。」曰く、「夫れ舜は惡くんぞ得て之を禁ぜん。夫れ之を受くる所有るなり。」「然らば則ち舜は之を如何せん。」曰く、「舜は天下を棄つるを視ること、猶は敝蹝(ヘイ・シ)を棄つるがごときなり。竊かに負うて逃がれ、海濱に遵いて處り、終身訢(キン)然として、樂しみて天下を忘れん。」
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