孟子 / 盡心章句上
孟子曰、形色、天性也。惟聖人、然後可以踐形。
新字:孟子曰、形色、天性也。惟聖人、然後可以践形。
書き下し
孟子曰く、「形色は、天性なり。惟だ聖人にして、然る後に以て形を踐む可し。」
現代語訳
孟子は言った。 「耳目鼻口や手足などの形体や態度容貌は、天から与えられたものである。これらはすべての人が持っているが、その性能を十分に尽くす人はいない。ただ聖人だけがそれらの本質を理解して踏みこなすことが出来るのだ。」
解説
私たちの身体や才能は天から与えられたものですが、その本来の価値を最大限に発揮できる人はごく僅かです。自分に備わっている能力や個性を正しく理解し、世のため人のために活かしきることが理想です。現代においても、自分の長所や才能を見つめ直し、それを社会の中でどう役立てるかを考えることが自己実現に繋がります。
この章句が説くこと
才能自己実現個性の発揮
関連する章句
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「口の味に於けるや、目の色に於けるや、耳の聲に於けるや、鼻の臭に於けるや、四肢の安佚に於けるや、性なり。命有り、君子は性と謂わざるなり。仁の父子に於けるや、義の君臣に於けるや、禮の賓主に於けるや、智の賢者に於けるや、聖人の天道に於けるや、命なり。性有り、君子は命と謂わざるなり。」
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『講孟余話』盡心上 第三十八章「惟だ聖人にして然る後に以て形を践むべし」。形を践むとは此の篇首章の尽心の義と相似たり。心を尽くすは心の一杯を尽くすなり。形を践むは形の持前を使ふことなり。形は耳目口鼻四体皆形なり。耳は善悪を聞き分くるが持前なり。目は善悪を視分くるが持前なり。口鼻四体皆各々持前あり。此の持前を使はざるは凡夫の常なり。若し皆是れを使はば、即ち聖人なり。而して践形は尽心と其の実は両般の事に非ず。抑々造化の妙、是等の所に於て是れを観れば、実に驚くに余りあり。「万物皆我に備はる」の義も、良知良能も、性善も、皆是れにて知るべし。人々其の持前を使へば即ち聖人にて、別に口伝も秘訣もなきとは、妙なるかな妙なるかな。余又常に謂ふ、神州の形は如何なる持前ぞや。当今の如く外夷の凌辱となる、是れ其の持前か。又神功・秀吉の時の如く、海外を懾服せしむるが持前か。今八尺の力士ありて一人の力能く数十人を制するに足る。其の倦臥の際、病困の日、一孱夫と云へども是れを苦しめて余りあり。力士の持前、前にあらんか、後にあらんか。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「其の心を盡くせば、其の性を知るなり。其の性を知れば、則ち天を知る。其の心を存し、其の性を養うは、天に事うる所以なり。殀壽貳せず、身を修めて以て之を俟つは、命を立つる所以なり。」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「廣土衆民は、君子之を欲するも、樂しむ所は存せず。天下に中して立ち、四海の民を定むるは、君子之を樂しむも、性とする所は存せず。君子の性とする所は、大いに行わると雖も加わらず、窮居すと雖も損せず。分定まるが故なり。君子の性とする所は、仁義禮智、心に根ざし、其の色に生ず。睟然として面に見われ、背に盎れ、四體に施き、四體言わずして喻る。」
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言志四録・言志録 第百九条 聖人にして形を践む性は善なりと雖も、軀殻無ければ其の善を行ふ能はず。軀殻の設けは、本心の使役に趨きて以て善を為す者なり。但だ其の形有る者は滞る。則ち既に心に承けて以て善を為し、又過不及有るに由りて悪に流る。孟子云ふ、「形色は天性なり。惟だ聖人にして然る後に以て形を践むべし」と。見るべし、軀殻も亦本不善無きことを。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「萬物皆我に備わる。身に反して誠なれば、樂しみ焉より大なるは莫し。強恕して行う、仁を求むること焉より近きは莫し。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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