孟子 / 盡心章句上
齊宣王欲短喪。公孫丑曰、為朞之喪、猶愈於已乎。孟子曰、是猶或紾其兄之臂、子謂之姑徐徐云爾。亦教之孝弟而已矣。王子有其母死者。其傅為之請數月之喪。公孫丑曰、若此者、何如也。曰、是欲終之而不可得也。雖加一日愈於已。謂夫莫之禁而弗為者也。
新字:斉宣王欲短喪。公孫丑曰、為朞之喪、猶愈於已乎。孟子曰、是猶或紾其兄之臂、子謂之姑徐徐云爾。亦教之孝弟而已矣。王子有其母死者。其傅為之請数月之喪。公孫丑曰、若此者、何如也。曰、是欲終之而不可得也。雖加一日愈於已。謂夫莫之禁而弗為者也。
書き下し
齊宣王、喪を短くせんと欲す。公孫丑曰く、「朞の喪を為すは、猶ほ已むに愈れるか。」孟子曰く、「是れ猶ほ其の兄の臂を紾(ねじる)るもの或らんに、子、之に謂いて、姑く徐徐にせよと爾云うがごとし。亦た之に孝弟を教えんのみ。」王子に其の母死する者有り。其の傅、之が為に數月の喪を請う。公孫丑曰く、「此の若き者は、何如ぞや。」曰く、「是れ之を終えんと欲するも、得可からざるなり。一日を加うと雖も、已むに愈れり。夫の之を禁ずる莫くして、為さざる者を謂うなり。」 <語釈> ○「公孫丑曰」、趙注:公孫丑に因りて自ら其の意を以てして孟子に問わしむ。公孫丑を通じて孟子に尋ねさせた。○「其傅為之請數月之喪」、趙注:王の庶夫人死す、適夫人に迫られ、其の親を喪するの數を行うを得ず。正夫人の圧迫があって、三年の喪が行えなかったので、数か月でも喪に服すことを願い出た。
現代語訳
齊の宣王は、三年の喪に服すのは長すぎるので、短くしようとした。そこで公孫丑を通じて孟子に尋ねさせた。公孫丑は孟子に言った。 「三年の喪を短くして一年にしても、喪に服さないよりはましでしょうか。」 孟子は言った。 「それは、兄の臂をねじ曲げている男がいて、その男に向かってもう少しゆっくりねじ上げる方がよい、と言うようなものだ。そのような事を言うのはもってのほかで、その男には孝悌の道を教えるべきなのだ。」 齊王の側室であった母に死なれた王子がいた。規則では喪に服すことはできないが、そのお守り役が王子の為に、正夫人との関係等の諸事情があって、三年の喪に服すことが出来ないので、せめて数か月でもよいので喪に服すことを願い出た。それを聞いた公孫丑は孟子に尋ねた。 「このような場合は、いかがでしょうか。」 「この場合は、三年の喪を全うしようとしても、たとえ一日でも服喪の期間が増えれば、やらないよしはましなのだ。先の宣王の場合は、何の差支えも無いのにそれをきちんとしない者の場合を言ったのだ。」
解説
この章句が説くこと
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