孟子 / 盡心章句上
孟子曰、廣土衆民、君子欲之、所樂不存焉。中天下而立、定四海之民、君子樂之、所性不存焉。君子所性、雖大行不加焉、雖窮居不損焉。分定故也。君子所性、仁義禮智根於心、其生色也。睟然見於面、盎於背、施於四體、四體不言而喻。
新字:孟子曰、広土衆民、君子欲之、所楽不存焉。中天下而立、定四海之民、君子楽之、所性不存焉。君子所性、雖大行不加焉、雖窮居不損焉。分定故也。君子所性、仁義礼智根於心、其生色也。睟然見於面、盎於背、施於四体、四体不言而喻。
書き下し
孟子曰く、「廣土衆民は、君子之を欲するも、樂しむ所は存せず。天下に中して立ち、四海の民を定むるは、君子之を樂しむも、性とする所は存せず。君子の性とする所は、大いに行わると雖も加わらず、窮居すと雖も損せず。分定まるが故なり。君子の性とする所は、仁義禮智、心に根ざし、其の色に生ず。睟然として面に見われ、背に盎れ、四體に施き、四體言わずして喻る。」
現代語訳
孟子は言った。 「広い土地に多くの人民を有している大国は、君子も欲する所であるが、そこに楽しみを見出すことはない。天下の中央に立って、四海の民を安定させることは、君子も楽しむ所であるが、それは人としての本性とは言えない。君子が本性とする所は、然るべき地位について大いなる行いを為したからと言って、増加するようなもので無く、困窮したからと言って、減損するようなものではない。それは性というものが天から与えられた本性で、自然に備わっており、その分量は定まっているからである。その君子が本性とするのは、仁義禮智の四徳であって、それは人間の心に根ざしており、外に出ては顔色にも表れる。だから四徳に満ちた顔色は清らかで艶やかで、その貌は背中から体中に及ぶので、言葉に出して言わなくても、その体を見ただけで人は分かるのである。」
解説
私たちの本当の価値は、社会的な成功や失敗によって変わるものではありません。思いやり、正しさ、礼儀、知恵といった人間としての美しい本質は、環境に関わらず常に心の中に存在しています。これらの道徳的な美しさを大切に育てている人は、言葉で飾り立てなくても、その穏やかな表情や自然な振る舞いから、にじみ出るような魅力が周囲に伝わります。外側の飾りや肩書きを追い求めるよりも、自分の内面を磨き、心の豊かさを育てることが、本当の自信と魅力に繋がります。
この章句が説くこと
内面の美しさ本質道徳魅力
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