盲安杖 / 第七条・己を忘て己を守るべき事
己を忘て己を忘れざれ。先づ生を貪り利を思ふ時ハ。親子兄弟を忘れて我が身を專とす。亦好む所に從ひてハ。己を忘れて恥をも顧ず。前後の事をも辨へず。身命の亡びん事をも知らず。淺ましき有樣多し。かへす〲も己を忘るゝ事なかれ。仁の敎に曰く。自を忘れ他を惠ミ。危きを救ひ窮るを助け。情けを先として憐む心有るを仁とすと云へり。然るに愚者ハ己と樂て人を忘るゝ故に。嗔貪邪見の心を專として惡業煩惱を離れず。日夜苦患休む時なし。心を着て守るべし。一心の中に佛あり。一心の中に鬼あり。一心の中に地獄。餓鬼。畜生。修羅。人天あり。經に曰く三界唯一心、心外無別法。心佛及衆生。是三無差別。と說き玉へり。されは此心を戒め善根を勤むる時ハ。佛果に至るなり。亦心を恣にする時ハ。三毒の心增長して三途地獄に落入るなり。たゞ心に從ふべからず。勤めて心を從ゆべし。必ず心の師となるべし。心を師とする事なかれ。心の鬼惡道に誘て入るべし。戒めても猶戒むべきハ心なり。恐れても猶恐るべし。某物語に曰く。人の數多大船おうちのりて大海を渡る時。海上に赤面の鬼額に眼一つ。日輪の如く光り輝ぎ。口ハ耳の根まで切れ。角三つ生て牙かミちがへて。其形云ふべき樣なきもの。波の上を歩ミ來て。汝等我より恐しき物を見たりや〱と云ふ。是を見て船中の者ども。皆肝を消し船底に倒れ伏そ。其中に一人の道心者あり。進出て曰く。汝ハ愚なる者かな。汝等百千合せたるよりも恐しきれ。大地獄に我を誘てゆかんとそる我心の鬼あり。汝是を知るや〱と云へは。彼の化物消て失せにけりと云へり。實に身を思ふ心の中に。惡業の鬼あり。一切の苦患あり。八万四千の煩惱あり。拙きかなや。愚闇の我等が心の形を造出さんにれ。如何樣の形なるべきや。早く万事を打捨て身を思ハぬ身と成るべし。歌に身を思ふ心ぞ身をは苦しむる身を思ハねは身こそ安けれ。又燃へ出る嗔恚のほむら消ゑやらで我と引けん火の車哉
新字:己を忘て己を忘れざれ。先づ生を貪り利を思ふ時ハ。親子兄弟を忘れて我が身を専とす。亦好む所に従ひてハ。己を忘れて恥をも顧ず。前後の事をも弁へず。身命の亡びん事をも知らず。浅ましき有様多し。かへす〲も己を忘るゝ事なかれ。仁の教に曰く。自を忘れ他を恵ミ。危きを救ひ窮るを助け。情けを先として憐む心有るを仁とすと云へり。然るに愚者ハ己と楽て人を忘るゝ故に。嗔貪邪見の心を専として悪業煩悩を離れず。日夜苦患休む時なし。心を着て守るべし。一心の中に仏あり。一心の中に鬼あり。一心の中に地獄。餓鬼。畜生。修羅。人天あり。経に曰く三界唯一心、心外無別法。心仏及衆生。是三無差別。と説き玉へり。されは此心を戒め善根を勤むる時ハ。仏果に至るなり。亦心を恣にする時ハ。三毒の心增長して三途地獄に落入るなり。たゞ心に従ふべからず。勤めて心を従ゆべし。必ず心の師となるべし。心を師とする事なかれ。心の鬼悪道に誘て入るべし。戒めても猶戒むべきハ心なり。恐れても猶恐るべし。某物語に曰く。人の数多大船おうちのりて大海を渡る時。海上に赤面の鬼額に眼一つ。日輪の如く光り輝ぎ。口ハ耳の根まで切れ。角三つ生て牙かミちがへて。其形云ふべき様なきもの。波の上を歩ミ来て。汝等我より恐しき物を見たりや〱と云ふ。是を見て船中の者ども。皆肝を消し船底に倒れ伏そ。其中に一人の道心者あり。進出て曰く。汝ハ愚なる者かな。汝等百千合せたるよりも恐しきれ。大地獄に我を誘てゆかんとそる我心の鬼あり。汝是を知るや〱と云へは。彼の化物消て失せにけりと云へり。実に身を思ふ心の中に。悪業の鬼あり。一切の苦患あり。八万四千の煩悩あり。拙きかなや。愚闇の我等が心の形を造出さんにれ。如何様の形なるべきや。早く万事を打捨て身を思ハぬ身と成るべし。歌に身を思ふ心ぞ身をは苦しむる身を思ハねは身こそ安けれ。又燃へ出る嗔恚のほむら消ゑやらで我と引けん火の車哉
書き下し
己を忘て己を忘れざれ。先づ生を貪り利を思ふ時ハ。親子兄弟を忘れて我が身を専とす。亦好む所に従ひてハ。己を忘れて恥をも顧ず。前後の事をも弁へず。身命の亡びん事をも知らず。浅ましき有様多し。かへす〲も己を忘るゝ事なかれ。仁の教に曰く。自を忘れ他を恵ミ。危きを救ひ窮るを助け。情けを先として憐む心有るを仁とすと云へり。然るに愚者ハ己と楽て人を忘るゝ故に。嗔貪邪見の心を専として悪業煩悩を離れず。日夜苦患休む時なし。心を着て守るべし。一心の中に仏あり。一心の中に鬼あり。一心の中に地獄。餓鬼。畜生。修羅。人天あり。経に曰く三界唯一心、心外無別法。心仏及衆生。是三無差別。と説き玉へり。されは此心を戒め善根を勤むる時ハ。仏果に至るなり。亦心を恣にする時ハ。三毒の心增長して三途地獄に落入るなり。たゞ心に従ふべからず。勤めて心を従ゆべし。必ず心の師となるべし。心を師とする事なかれ。心の鬼悪道に誘て入るべし。戒めても猶戒むべきハ心なり。恐れても猶恐るべし。某物語に曰く。人の数多大船おうちのりて大海を渡る時。海上に赤面の鬼額に眼一つ。日輪の如く光り輝ぎ。口ハ耳の根まで切れ。角三つ生て牙かミちがへて。其形云ふべき様なきもの。波の上を歩ミ来て。汝等我より恐しき物を見たりや〱と云ふ。是を見て船中の者ども。皆肝を消し船底に倒れ伏そ。其中に一人の道心者あり。進出て曰く。汝ハ愚なる者かな。汝等百千合せたるよりも恐しきれ。大地獄に我を誘てゆかんとそる我心の鬼あり。汝是を知るや〱と云へは。彼の化物消て失せにけりと云へり。実に身を思ふ心の中に。悪業の鬼あり。一切の苦患あり。八万四千の煩悩あり。拙きかなや。愚闇の我等が心の形を造出さんにれ。如何様の形なるべきや。早く万事を打捨て身を思ハぬ身と成るべし。歌に身を思ふ心ぞ身をは苦しむる身を思ハねは身こそ安けれ。又燃へ出る嗔恚のほむら消ゑやらで我と引けん火の車哉
現代語訳
己を忘れて、しかも己を忘れてはなりません。まず、生を貪り利を思うときは、親子兄弟を忘れて自分の身をひたすら第一にします。また好むところに従っては、己を忘れて恥も顧みず、前後の事もわきまえず、身命が滅びることも知らない、あさましい有様が多くあります。くれぐれも己を忘れてはなりません。仁の教えに、「自分を忘れて他人に恵みを与え、危うい者を救い、窮している者を助け、情けを先にして憐れむ心があるのを仁とする」とあります。ところが愚か者は、自分だけを楽しんで人を忘れるので、嗔り・貪り・邪見の心をもっぱらとして、悪業と煩悩を離れず、日夜の苦しみが休む時がありません。心をつけて守りなさい。一心の中に仏があり、一心の中に鬼があり、一心の中に地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天があります。経に「三界は唯だ一心、心の外に別の法なし。心と仏と衆生と、この三つは差別なし」と説かれています。ですからこの心を戒めて善根を勤めるときは、仏果に至ります。また心をほしいままにするときは、三毒の心が増長して三途地獄に落ち入ります。ただ心に従ってはなりません。努めて心を従わせなさい。必ず心の師となりなさい。心を師としてはなりません。心の鬼が悪道に誘って入れてしまいます。戒めてもなお戒めるべきは心です。恐れてもなお恐れるべきです。ある物語に、多くの人が大船に乗って大海を渡るとき、海上に赤い顔の鬼が現れました。額に目が一つ、日輪のように光り輝き、口は耳の根まで裂け、角が三つ生え、牙をかみ違え、その姿はいいようのないものでした。波の上を歩いて来て、「おまえたちは、私よりも恐ろしい物を見たか、見たか」と言います。これを見て船中の者はみな肝をつぶし、船底に倒れ伏しました。その中に一人の道心者がいて、進み出て言いました。「おまえは愚かな者だ。おまえたち百千を合わせたよりも恐ろしい、大地獄に私を誘って行こうとする我が心の鬼がある。おまえはこれを知っているか、知っているか」と言うと、その化け物は消え失せたといいます。実に、身を思う心の中に悪業の鬼があり、一切の苦しみがあり、八万四千の煩悩があります。拙いことです。愚かで闇い私たちの心の形を作り出したら、どのような形になるでしょうか。早く万事を打ち捨てて、身を思わない身になりなさい。歌に「身を思ふ心ぞ身をは苦しむる身を思はねば身こそ安けれ」とあります(身を思う心が身を苦しめる。身を思わなければ身こそ安らかだ)。また「燃え出る嗔恚のほむら消えやらで我と引きけん火の車かな」とあります(燃え出す怒りの炎が消えず、自分で火の車を引いてしまったのだなあ)。
解説
この章句が説くこと
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『不動智神妙録』一心の明らめやう神道、歌道、儒道とて道多く候へども、皆この一心の明なる所を申し候、言葉にて心を講釈したぶんにてはこの一心人と我身にあたりて、昼夜善事悪事とも業により家を離れ国を亡し其身の程々にしたがひ、善し悪しともに心の業にて候へども、此心を如何やうなるものぞと悟り明らむる人なく候て、皆心に感され候、
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孫子・作戦篇故に敵を殺すは怒なり、敵の利を取るは貨なり。故に車戦、車十乗以上を得ば、其の先ず得たる者を賞し、其の旌旗を更め、車は雑えて之に乗り、卒は善くして之を養う。是を敵に勝ちて益々強しと謂う。
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『晏子春秋』問下・梁丘據問子事三君不同心晏子對以一心可以事百君梁丘据、晏子に問いて曰く、「子は三君に事え、君の心同じからざるに、子は俱に順う。仁人は固より多心なるか」と。晏子対えて曰く、「嬰之を聞く、順愛して懈らざれば、以て百姓を使う可し。強暴にして不忠なれば、以て一人を使う可からず。一心なれば以て百君に事う可く、三心なれば以て一君に事う可からず」と。仲尼之を聞きて曰く、「小子之を識せ、晏子は一心を以て百君に事うる者なり」と。
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尚書・泰誓上亶(まこと)に聡明なるもの、元后と作り、元后は民の父母と作る。今商王受、上天を敬せず、災を下民に降し、沈湎して色を冒し、敢て暴虐を行ふ。人を罪するに族を以てし、人を官するに世を以てす。惟れ宮室・台榭・陂池・侈服、以て爾万姓を残害す。忠良を焚炙し、孕婦を刳剔(こてき)す。皇天震怒し、我が文考に命じ、粛みて天威を将(おこな)はしむるも、大勛未だ集(な)らず。肆(ゆゑ)に予小子発、爾友邦の冢君を以て、政を商に観るに、惟れ受悛(あらた)むる心有る罔く、乃ち夷居して、上帝神祗に事へず、厥の先の宗廟を遺てて祀らず。犧牲粢盛(しせい)、既に兇盗に于(ゆ)く。乃ち曰く、『吾民有り命有り』と、其の侮を懲らす罔し。天下民を佑け、之が君を作り、之が師を作る。惟れ其れ克く上帝を相け、四方を寵綏せしむ。罪有ると罪無きと、予曷ぞ敢て厥の志を越ゆること有らん。力を同じくすれば徳を度り、徳を同じくすれば義を度る。受臣億万有れども、惟れ億万心なり。予臣三千有り、惟れ一心なり。商の罪貫盈し、天命じて之を誅す、予天に順はずんば、厥の罪惟れ鈞(ひと)し。予小子夙夜祗み懼れ、命を文考に受け、上帝に類し、冢土に宜し、爾有衆を以て、天の罰を厎(いた)さん。天民を矜(あはれ)み、民の欲する所、天必ず之に従ふ。爾尚はくは予一人を弼(たす)け、永く四海を清めよ。時なるかな、失ふべからず。」
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『晏子春秋』外篇下・仲尼見景公,景公曰:先生奚不見寡人宰乎仲尼斉に游び、景公に見ゆ。景公曰く、「先生奚ぞ寡人の宰に見えざる」と。仲尼対えて曰く、「臣聞く、晏子は、三君に事えて順を得たり、是れ三心有り。見えざる所以なり」と。仲尼出づ。景公其の言を以て晏子に告ぐ。晏子対えて曰く、「然らず。嬰の三心を為すに非ず、三君一心を為すが故なり。三君皆其の国家の安きを欲す、是を以て嬰順を得たり。嬰之を聞く、是にして之を非とし、非にして之を是とするは、猶お非なりと。孔丘は必ず此の一心に据り処らん」と。
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尚書・泰誓中百姓過ち有らば、予一人に在り。今朕必ず往かん、我が武惟れ揚がり、之の疆(さかひ)に侵し、彼の兇残を取らん、我が伐用て張り、湯に于いて光有らん。勖(つと)めよや夫子、或いは畏るる無きこと罔かれ、寧ろ敵に非ずと執れ。百姓檁檁(りんりん)として、厥の角を崩すが若し。嗚呼(ああ)、乃ち一徳一心、立ちて厥の功を定めば、惟れ克く世を永くせん。」
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