盲安杖 / 第八条・立上りて獨を愼むべき事
立上りて獨を愼めよ。万事を愼む人と浮世の思ハく斗りに恥て。外を飾り內心の過を隱すなるべし。かたの如く世にそむかぬ程の人も。內心には科有るべし。心を敵にして獨を愼め。心中の誤り人は知ねども我慥に是を知る。心を清して是を思へ。余所の人は我に知れん事を耻ず。されは我何ぞ我に耻さらんや。此理を忘れて我は亦余所の人に知れん事を耻ず。余所の心と我心更に別なる者に非ず。己に心ゆるすな。歌になき名ぞと人には言て有ぬべく心の問はゞいかゝ答へん又心おそ心惑す心なれ心こゝろ免すな
新字:立上りて独を慎めよ。万事を慎む人と浮世の思ハく斗りに恥て。外を飾り内心の過を隠すなるべし。かたの如く世にそむかぬ程の人も。内心には科有るべし。心を敵にして独を慎め。心中の誤り人は知ねども我慥に是を知る。心を清して是を思へ。余所の人は我に知れん事を耻ず。されは我何ぞ我に耻さらんや。此理を忘れて我は亦余所の人に知れん事を耻ず。余所の心と我心更に別なる者に非ず。己に心ゆるすな。歌になき名ぞと人には言て有ぬべく心の問はゞいかゝ答へん又心おそ心惑す心なれ心こゝろ免すな
書き下し
立上りて独を慎めよ。万事を慎む人と浮世の思ハく斗りに恥て。外を飾り内心の過を隠すなるべし。かたの如く世にそむかぬ程の人も。内心には科有るべし。心を敵にして独を慎め。心中の誤り人は知ねども我慥に是を知る。心を清して是を思へ。余所の人は我に知れん事を耻ず。されは我何ぞ我に耻さらんや。此理を忘れて我は亦余所の人に知れん事を耻ず。余所の心と我心更に別なる者に非ず。己に心ゆるすな。歌になき名ぞと人には言て有ぬべく心の問はゞいかゝ答へん又心おそ心惑す心なれ心こゝろ免すな
現代語訳
立ち上がって、独りをつつしみなさい。あらゆる事をつつしむという人も、世間の思わくばかりを恥じて外面を飾り、内心の過ちを隠しているのでしょう。型どおり世に背かない程度の人にも、内心には咎があるはずです。心を敵として独りをつつしみなさい。心中の誤りは、人は知らなくても、私はたしかにそれを知っています。心を澄ましてこれを思いなさい。よその人に私の事が知られることは恥じるのに、どうして私が私に恥じないのでしょう。この理を忘れて、私は他人に知られることを恥じ、自分に知られることは恥じません。よその人の心と私の心は、もともと別のものではありません。己に心を許してはなりません。歌に「なき名ぞと人には言ひてありぬべく心の問はばいかが答へん」とあります(根も葉もない噂だと人には言ってすませられても、自分の心が問うたらどう答えようか)。また「心こそ心惑はす心なれ心こころ許すな」とあります(心こそが心を惑わす心である。心よ、心に気を許すな)。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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盲安杖・第二条・己を顧て己を知るべき事・前半己を顧て己を知れ。仮令学文広くして如何ほど物を知りたりとも。己を知らずは物知りたるに非ず。されば己を知らずして余所を知ることあるべからず。己を更に知らざる人は。愚ある己が心を本として。他を譏り心に適ふを嘉し。温にして従はざるを嗔り。万事に憤り深く。みづから己を苦めて心を悩すことは。偏に己が僻事ある故あり。万人我に適はざるを知らば。我も亦万人の心に適ふまじと知れ。我に僻事なき人は万人を捨ず。万人を捨ざれば万人も亦此人を嫌はず。其故如何と云ふに。誠の人は心温にして正しく。万事に誠ありて情深き故あり。己を知て僻事なきを徳ある人とす。己僻事なる時は苦み絶はず。されば僻事は己が仇なることを慥に知て。二六時中をこたる事なく。顧て慎むべし。世に人多しと雖。己を知る人稀なるべし。人々身の上を知りたりとは思へども。必ず死ずる身を持て。死有ることを忘れて万年の思をなす故に。年月を惜む人なし。然る間だ貪嗔邪偽の心を事として。忠孝の道に反き。仁義を弁へずして諂誑諂曲の心を用ひ。家職を余所にして無益の事を好み。身の僻事を知らずして。他人の是非を説き。我執強くして人を憐む心なく。好む方に貪着し嫌ふ方に疎く。一度は悦び一度は憂ひ。分別みだりにして物に逆ひ。偶道を聞ては人を謀る定規となし。身の上を忘れては。余所を謀るもいかで当らんや。
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盲安杖・第七条・己を忘て己を守るべき事己を忘て己を忘れざれ。先づ生を貪り利を思ふ時ハ。親子兄弟を忘れて我が身を専とす。亦好む所に従ひてハ。己を忘れて恥をも顧ず。前後の事をも弁へず。身命の亡びん事をも知らず。浅ましき有様多し。かへす〲も己を忘るゝ事なかれ。仁の教に曰く。自を忘れ他を恵ミ。危きを救ひ窮るを助け。情けを先として憐む心有るを仁とすと云へり。然るに愚者ハ己と楽て人を忘るゝ故に。嗔貪邪見の心を専として悪業煩悩を離れず。日夜苦患休む時なし。心を着て守るべし。一心の中に仏あり。一心の中に鬼あり。一心の中に地獄。餓鬼。畜生。修羅。人天あり。経に曰く三界唯一心、心外無別法。心仏及衆生。是三無差別。と説き玉へり。されは此心を戒め善根を勤むる時ハ。仏果に至るなり。亦心を恣にする時ハ。三毒の心增長して三途地獄に落入るなり。たゞ心に従ふべからず。勤めて心を従ゆべし。必ず心の師となるべし。心を師とする事なかれ。心の鬼悪道に誘て入るべし。戒めても猶戒むべきハ心なり。恐れても猶恐るべし。某物語に曰く。人の数多大船おうちのりて大海を渡る時。海上に赤面の鬼額に眼一つ。日輪の如く光り輝ぎ。口ハ耳の根まで切れ。角三つ生て牙かミちがへて。其形云ふべき様なきもの。波の上を歩ミ来て。汝等我より恐しき物を見たりや〱と云ふ。是を見て船中の者ども。皆肝を消し船底に倒れ伏そ。其中に一人の道心者あり。進出て曰く。汝ハ愚なる者かな。汝等百千合せたるよりも恐しきれ。大地獄に我を誘てゆかんとそる我心の鬼あり。汝是を知るや〱と云へは。彼の化物消て失せにけりと云へり。実に身を思ふ心の中に。悪業の鬼あり。一切の苦患あり。八万四千の煩悩あり。拙きかなや。愚闇の我等が心の形を造出さんにれ。如何様の形なるべきや。早く万事を打捨て身を思ハぬ身と成るべし。歌に身を思ふ心ぞ身をは苦しむる身を思ハねは身こそ安けれ。又燃へ出る嗔恚のほむら消ゑやらで我と引けん火の車哉
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『翁問答』下卷之末之末独を慎とは一念のすこしおこる時に良知を鏡とし、よく省察吟味して、名利の欲、習心、間思雑慮などの邪念おこるときは、我親の身をそこなひ破る不孝の罪人となりて、幽にしては六極莫重の鬼責をうけ、明にしては五刑莫大の肉刑を受べき魔心なりと恐れ慎、火急に克去て神明に相通ずる至徳の独楽をもとむる工夫を云なり、一念の悪心にておやの身をそこなひ破ると云子細は孝経曰身体髪膚は之を父母に受く、敢へて毀傷せざるは孝の始なり、
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『呻吟語』内篇・問學・廣眾は幽獨の證佐已の獨り知る所は、盡く是れ方便なり。人の見ざる所は、盡く自由を得。君子は必ず兢兢然として細行し、必ず小物を謹みて遺さざるは、工夫の間斷するを懼れ、善念の停息するを懼れ、私欲の間に乘ずるを懼れ、自欺の萌櫱するを懼れ、一事苟にして其の徐も皆な苟なるを懼れ、閒居忽にして大庭も亦た忽なるを懼るればなり。故に廣眾なる者は、幽獨の證佐なり。言動なる者は、意念の枝葉なり。意中に過ち、獨處に疏なるも、十目十手能く之を指視するは、枝葉・證佐の上に之を得ればなり。
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『呻吟語』内篇・修身・本態は自然に露出す萬分の矜持、千分の點檢に任教すとも、裡面に自然の根本無くんば、倉卒の際、忽突の頃、本態は自然に露出す。是を以て君子は獨を慎む。獨中には只だ這個有り、發出し來たれば只だ是れ這個なり。何ぞ迴護するを勞せん、何ぞ支吾するを用ひん。
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『慎思録』巻之一凡そ家に居り朝に立ち、独り処り人に接するに、皆当に処に随ひ件を逐ひて、其の言行を点検すべし。須らく自ら其の言ふ所行ふ所の善悪を省察して、其の独りを慎むべし。一事も自ら欺きて放過すべからず。必ず此くの如くして、行ひ修まり言道ふの功進むべし。
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