名将言行録 / 『名将言行録』眞田幸村 冑と槍の号令
打立られて敵の備亂る丶所を、鐵砲の烟の下より直ぐに乘込みて馳散らし、馬蹄に蹂躙せられて、敵敗績せずと云ふことなし、此時騎馬の鐵砲先手より一二町も前に進て、連發するに、鉛子の飛ぶは雹の如く、火藥の光は電に似たり、烟は忽ち雲霧と成りて、丈尺の間も見え分かずなれば、岡の上に押上たる幸村の兵士、多く死傷したれども、幸村鐵砲の烟の中より馳來て、爰を怺よ、大事の場を片足も引かば全く歿すべしと下知する聲、耳に徹す。村々なしたる松原を楯となして、鎗の柄を握りながら平伏に成て後に退く者はなし。初め兵を合はせんとする時、幸村令を下して、冑を被らせず、鎗を取らせず、馬の傍に引副て下知せん時を待たせたり。敵間十町計りになりければ、幸村使番を以て冑を被れと命す、玆に於て皆持せたる冑を取て打被り、忍の緒を〆たりければ、勇氣新に加はりて、兵氣彌々盛になる、敵間既に二町計りあらんと思ふ時、幸村又使番を以て鎗を取れと命す。爰に於て手に手鎗を取て鋒先を敵の方に差向けたれば、面面如何なる勁敵堅陣なりとも打摧かんと別に魄を入れたるが如し、ひたひた鐵砲に打斃されながら一足も退かざりしは、冑を被り鎗を取つたる氣勢の壯なるに依てなり。政宗の騎馬鐵砲の士馬を入れんと馳寄せけれども、折敷たりと見て漂ふ所に砲聲も絶々になり、烟も稍々薄くなれば、幸村其隙合をや計りけん、大音を揚げ掛れと言ふ詞の下より、皆起立て直ぐに突て掛り、政宗の先手を七八町追崩す。此勢に乘じ總軍競ひ掛りして追拂ふ、勝成、政宗を勸めて、復た戰はしむ、政宗我軍旣に疲れたり、合戰は今日に限るべからずとて聞かず、勝成小敵を目前に置ながら、忠輝、政宗縮ミ居るは恥にあらずやと、忠輝を諫め立つれども、忠輝果さず、勝成は兵少にして、獨り戰ふこと能はずして已みぬ。
新字:打立られて敵の備乱る丶所を、鉄砲の烟の下より直ぐに乗込みて馳散らし、馬蹄に蹂躙せられて、敵敗績せずと云ふことなし、此時騎馬の鉄砲先手より一二町も前に進て、連発するに、鉛子の飛ぶは雹の如く、火薬の光は電に似たり、烟は忽ち雲霧と成りて、丈尺の間も見え分かずなれば、岡の上に押上たる幸村の兵士、多く死傷したれども、幸村鉄砲の烟の中より馳来て、爰を怺よ、大事の場を片足も引かば全く歿すべしと下知する声、耳に徹す。村々なしたる松原を楯となして、鎗の柄を握りながら平伏に成て後に退く者はなし。初め兵を合はせんとする時、幸村令を下して、冑を被らせず、鎗を取らせず、馬の傍に引副て下知せん時を待たせたり。敵間十町計りになりければ、幸村使番を以て冑を被れと命す、玆に於て皆持せたる冑を取て打被り、忍の緒を〆たりければ、勇気新に加はりて、兵気弥々盛になる、敵間既に二町計りあらんと思ふ時、幸村又使番を以て鎗を取れと命す。爰に於て手に手鎗を取て鋒先を敵の方に差向けたれば、面面如何なる勁敵堅陣なりとも打摧かんと別に魄を入れたるが如し、ひたひた鉄砲に打斃されながら一足も退かざりしは、冑を被り鎗を取つたる気勢の壮なるに依てなり。政宗の騎馬鉄砲の士馬を入れんと馳寄せけれども、折敷たりと見て漂ふ所に砲声も絶々になり、烟も稍々薄くなれば、幸村其隙合をや計りけん、大音を揚げ掛れと言ふ詞の下より、皆起立て直ぐに突て掛り、政宗の先手を七八町追崩す。此勢に乗じ総軍競ひ掛りして追払ふ、勝成、政宗を勧めて、復た戦はしむ、政宗我軍既に疲れたり、合戦は今日に限るべからずとて聞かず、勝成小敵を目前に置ながら、忠輝、政宗縮ミ居るは恥にあらずやと、忠輝を諫め立つれども、忠輝果さず、勝成は兵少にして、独り戦ふこと能はずして已みぬ。
書き下し
打立られて敵の備亂る丶所を、鐵砲の烟の下より直ぐに乘込みて馳散らし、馬蹄に蹂躙せられて、敵敗績せずと云ふことなし、此時騎馬の鐵砲先手より一二町も前に進て、連發するに、鉛子の飛ぶは雹の如く、火藥の光は電に似たり、烟は忽ち雲霧と成りて、丈尺の間も見え分かずなれば、岡の上に押上たる幸村の兵士、多く死傷したれども、幸村鐵砲の烟の中より馳來て、爰を怺よ、大事の場を片足も引かば全く歿すべしと下知する聲、耳に徹す。村々なしたる松原を楯となして、鎗の柄を握りながら平伏に成て後に退く者はなし。初め兵を合はせんとする時、幸村令を下して、冑を被らせず、鎗を取らせず、馬の傍に引副て下知せん時を待たせたり。敵間十町計りになりければ、幸村使番を以て冑を被れと命す、玆に於て皆持せたる冑を取て打被り、忍の緒を〆たりければ、勇氣新に加はりて、兵氣彌々盛になる、敵間既に二町計りあらんと思ふ時、幸村又使番を以て鎗を取れと命す。爰に於て手に手鎗を取て鋒先を敵の方に差向けたれば、面面如何なる勁敵堅陣なりとも打摧かんと別に魄を入れたるが如し、ひたひた鐵砲に打斃されながら一足も退かざりしは、冑を被り鎗を取つたる氣勢の壯なるに依てなり。政宗の騎馬鐵砲の士馬を入れんと馳寄せけれども、折敷たりと見て漂ふ所に砲聲も絶々になり、烟も稍々薄くなれば、幸村其隙合をや計りけん、大音を揚げ掛れと言ふ詞の下より、皆起立て直ぐに突て掛り、政宗の先手を七八町追崩す。此勢に乘じ總軍競ひ掛りして追拂ふ、勝成、政宗を勸めて、復た戰はしむ、政宗我軍旣に疲れたり、合戰は今日に限るべからずとて聞かず、勝成小敵を目前に置ながら、忠輝、政宗縮ミ居るは恥にあらずやと、忠輝を諫め立つれども、忠輝果さず、勝成は兵少にして、獨り戰ふこと能はずして已みぬ。
現代語訳
打ち立てられて敵の備えが乱れるところを、鉄砲の煙の下からまっすぐ乗り込んで駆け散らし、馬の蹄で踏みにじられて、敵が敗れないことはありませんでした。この時、騎馬鉄砲は先手より一、二町も前に進んで連発しましたので、鉛の弾の飛ぶことは雹のようで、火薬の光は稲妻に似ていました。煙はたちまち雲霧となって、一丈一尺の間も見分けられなくなったので、岡の上に押し上った幸村の兵士は、多く死傷しましたが、幸村は鉄砲の煙の中から馳せ来て、ここを堪えよ、大事の場で片足でも引けば全滅するぞと下知する声が、耳に響きました。村々のなしている松原を楯にして、槍の柄を握ったまま平伏し、後ろに退く者はいませんでした。初めて兵を合わせようとする時、幸村は命令を下して、兜をかぶらせず、槍を取らせず、馬のそばに引き添えて、指示する時を待たせていました。敵との間が十町ほどになったとき、幸村は使番をもって兜をかぶれと命じました。ここにおいて皆、持たせていた兜を取って打ちかぶり、忍の緒を締めたところ、勇気が新たに加わり、兵気がいよいよ盛んになりました。敵との間がすでに二町ほどあろうと思う時、幸村はまた使番をもって槍を取れと命じました。ここにおいて手に手に槍を取って穂先を敵の方へ差し向けたので、一人一人、どのような強敵や堅陣でも打ち砕こうと、別に魂を入れたようでした。ひたひたと鉄砲に打ち倒されながら、一足も退かなかったのは、兜をかぶり、槍を取った気勢の盛んなことによるものでした。政宗の騎馬鉄砲が士馬を入れようと馳せ寄せましたが、折敷いたと見て漂うところに砲声も絶え絶えになり、煙もやや薄くなると、幸村はその隙を計ったのか、大声を上げ、掛かれと言う言葉の下から、皆が立ち上がってまっすぐに突いて掛かり、政宗の先手を七、八町追い崩しました。この勢いに乗じ、総軍が競い掛かって追い払いました。勝成は政宗を勧めてまた戦わせようとしましたが、政宗は、我が軍はすでに疲れている、合戦は今日に限るべきではないと言って聞きません。勝成は小敵を目の前に置きながら、忠輝、政宗が縮こまっているのは恥ではないかと忠輝を諫めましたが、忠輝は聞き入れず、勝成は兵が少なく、独りで戦うことができずにやみました。
解説

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