名将言行録 / 『名将言行録』後藤基次 斥候が見た戦の気配
○征韓の役長政、基次を斥候に遣る、基次頓て馳行く所に、其道に一つの河あり、其河を打渡り敵陣の近所まで行かんとせしが、日本の馬の沓川上より流れ來るを見て、直ぐに引返し、長政の前に至り、味方の人々早や川を越したると存ずる故、敵陣近く參るに及ばず、立歸り候、早や打立給へと言ふ。長政其故を聞き大に喜び、又兵衞が功者今に始めぬことながら、心早やき斥候の仕樣哉、出來したりと曰て打立れけり。 ○此役長政の先手山の端を廻りけるが、敵と出合はせ戰ひしが、其關の聲を揚ぐるを、基次聞て先手の戰味方打負たりと曰ふ。長政聞て、汝爰に在りながら味方の負けしとは何を以て知るぞと尋ねければ、基次承はり、味方の關の聲次第に近く聞ゆるは、一定負にて引取ると覺候、勝軍ならば先へ進みて關を揚るもの故、遠くなるものに候と、申もあへず味方敗軍の兵共朱になりて追々來れば、又兵衞が察する所神の如しと言ひて感稱せり。 ○此役、敵陣見えざる所なりし、長政曰く、遙向ふに馬煙夥しく見ゆるは如何に、軍の勝負は何にとかあらんと尋ねければ、基次見て敵打負け引取ると相見え候、其故は進む敵の武者塵は此方へ掛て黑く見え、北る敵の武者塵は向の方へ掛て遠き故に、白く見ゆるものに候、遠きは色薄き故に白く、近きは色の濃き故に黑し、是は白みて見ゆるに依て、敵の敗北と見え候と申す。其詞少しも違はず、敵敗軍に及びけり。
新字:○征韓の役長政、基次を斥候に遣る、基次頓て馳行く所に、其道に一つの河あり、其河を打渡り敵陣の近所まで行かんとせしが、日本の馬の沓川上より流れ来るを見て、直ぐに引返し、長政の前に至り、味方の人々早や川を越したると存ずる故、敵陣近く参るに及ばず、立帰り候、早や打立給へと言ふ。長政其故を聞き大に喜び、又兵衛が功者今に始めぬことながら、心早やき斥候の仕様哉、出来したりと曰て打立れけり。 ○此役長政の先手山の端を廻りけるが、敵と出合はせ戦ひしが、其関の声を揚ぐるを、基次聞て先手の戦味方打負たりと曰ふ。長政聞て、汝爰に在りながら味方の負けしとは何を以て知るぞと尋ねければ、基次承はり、味方の関の声次第に近く聞ゆるは、一定負にて引取ると覚候、勝軍ならば先へ進みて関を揚るもの故、遠くなるものに候と、申もあへず味方敗軍の兵共朱になりて追々来れば、又兵衛が察する所神の如しと言ひて感称せり。 ○此役、敵陣見えざる所なりし、長政曰く、遥向ふに馬煙夥しく見ゆるは如何に、軍の勝負は何にとかあらんと尋ねければ、基次見て敵打負け引取ると相見え候、其故は進む敵の武者塵は此方へ掛て黒く見え、北る敵の武者塵は向の方へ掛て遠き故に、白く見ゆるものに候、遠きは色薄き故に白く、近きは色の濃き故に黒し、是は白みて見ゆるに依て、敵の敗北と見え候と申す。其詞少しも違はず、敵敗軍に及びけり。
書き下し
○征韓の役長政、基次を斥候に遣る、基次頓て馳行く所に、其道に一つの河あり、其河を打渡り敵陣の近所まで行かんとせしが、日本の馬の沓川上より流れ來るを見て、直ぐに引返し、長政の前に至り、味方の人々早や川を越したると存ずる故、敵陣近く參るに及ばず、立歸り候、早や打立給へと言ふ。長政其故を聞き大に喜び、又兵衞が功者今に始めぬことながら、心早やき斥候の仕樣哉、出來したりと曰て打立れけり。 ○此役長政の先手山の端を廻りけるが、敵と出合はせ戰ひしが、其關の聲を揚ぐるを、基次聞て先手の戰味方打負たりと曰ふ。長政聞て、汝爰に在りながら味方の負けしとは何を以て知るぞと尋ねければ、基次承はり、味方の關の聲次第に近く聞ゆるは、一定負にて引取ると覺候、勝軍ならば先へ進みて關を揚るもの故、遠くなるものに候と、申もあへず味方敗軍の兵共朱になりて追々來れば、又兵衞が察する所神の如しと言ひて感稱せり。 ○此役、敵陣見えざる所なりし、長政曰く、遙向ふに馬煙夥しく見ゆるは如何に、軍の勝負は何にとかあらんと尋ねければ、基次見て敵打負け引取ると相見え候、其故は進む敵の武者塵は此方へ掛て黑く見え、北る敵の武者塵は向の方へ掛て遠き故に、白く見ゆるものに候、遠きは色薄き故に白く、近きは色の濃き故に黑し、是は白みて見ゆるに依て、敵の敗北と見え候と申す。其詞少しも違はず、敵敗軍に及びけり。
現代語訳
朝鮮出兵の戦で、長政は基次を斥候に出しました。基次はすぐに馬で駆けて行き、途中に一本の川があったので、それを渡って敵陣の近くまで行こうとしましたが、日本の馬の沓が川上から流れてくるのを見るや、すぐに引き返して長政の前に来て、味方の人々がもう川を越えたと存じますので、敵陣近くまで参るには及ばず立ち帰りました、早くお立ちなさいと言いました。長政はその理由を聞いて大いに喜び、又兵衛の功者ぶりは今に始まったことではないが、気の早い斥候のしかたよ、見事だと言って出立されました。 この戦で、長政の先手が山の端を回ったところで敵と出会って戦いましたが、その鬨の声を基次は聞いて、先手の戦は味方が打ち負けたと言いました。長政が聞いて、お前はここにいながら味方が負けたとなぜ分かるのかと尋ねると、基次は、味方の鬨の声がだんだん近くに聞こえてくるのは、きっと負けて引き取っているのです、勝ち戦ならば先へ進んで鬨を上げるので、声は遠くなるものです、と答えました。言い終わらないうちに、味方の敗軍の兵たちが血まみれになって次々に来たので、又兵衛の察するところは神のようだと言って感心しました。 この戦で、敵陣が見えない場所でした。長政が、はるか向こうに馬煙がおびただしく見えるのはどうか、戦の勝負はどうなっているだろうと尋ねると、基次はそれを見て、敵が打ち負けて引き取るものと見えます、その理由は、進んでくる敵の武者が立てる塵はこちらへかかって黒く見え、退く敵の武者が立てる塵は向こうの方へかかって遠いために白く見えるものだからです、遠いものは色が薄いので白く、近いものは色が濃いので黒いのです、これは白んで見えますので、敵の敗北と見えます、と言いました。その言葉は少しも違わず、敵は敗軍となりました。
解説

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