名将言行録 / 『名将言行録』後藤基次 傷だらけで敗勢を覆す
○孝高、鎭房を攻め、不圖深入して敗走せり。基次谷底に突落さるれども、兩軍飢れて味方の者之を知らず、基次は戰死と曰ふ所に蘇生して血に染み漸く歸れり。孝高大に喜び、汝既に死せりと思ひしに、天未だ吾が命を絶ち給はず、今日の合戰吾一代の不覺なりと自ら愧られければ、基次其言に拘はらず、軍の評議は如何と問ふ。皆明日一戰と言ふ。基次、明日も又變はる謀なくんば、敵は地利を得、味方は嚮導もなく必定又敗れん、之に依り今時を移さず、其の惰氣を撃つに如かずと言ひければ、孝高、兵士皆疲れ氣屈し、とても戰ふこと能はずと言ふ。基次重ねて、某創を被り來れども少しも憩はず、今先鋒を致さば、誰か進まざらん、早や急ぎ給へと自ら先驅しければ、衆士之に勵まされ一時に馳行き、敵の不意を撃ち、大に勝利を得たり。之に依り敵和を乞ひて竟に降れり。 ○孝高、鎭房を招き謀殺せし時、基次長柄にて鎗を合はせり。基次古より鎗を合はすこと多しと雖も、長柄の鎗は今日が始めなりと言て笑ふ。人皆其簡傲の氣象を感稱せり。
新字:○孝高、鎮房を攻め、不図深入して敗走せり。基次谷底に突落さるれども、両軍飢れて味方の者之を知らず、基次は戦死と曰ふ所に蘇生して血に染み漸く帰れり。孝高大に喜び、汝既に死せりと思ひしに、天未だ吾が命を絶ち給はず、今日の合戦吾一代の不覚なりと自ら愧られければ、基次其言に拘はらず、軍の評議は如何と問ふ。皆明日一戦と言ふ。基次、明日も又変はる謀なくんば、敵は地利を得、味方は嚮導もなく必定又敗れん、之に依り今時を移さず、其の惰気を撃つに如かずと言ひければ、孝高、兵士皆疲れ気屈し、とても戦ふこと能はずと言ふ。基次重ねて、某創を被り来れども少しも憩はず、今先鋒を致さば、誰か進まざらん、早や急ぎ給へと自ら先駆しければ、衆士之に励まされ一時に馳行き、敵の不意を撃ち、大に勝利を得たり。之に依り敵和を乞ひて竟に降れり。 ○孝高、鎮房を招き謀殺せし時、基次長柄にて鎗を合はせり。基次古より鎗を合はすこと多しと雖も、長柄の鎗は今日が始めなりと言て笑ふ。人皆其簡傲の気象を感称せり。
書き下し
○孝高、鎭房を攻め、不圖深入して敗走せり。基次谷底に突落さるれども、兩軍飢れて味方の者之を知らず、基次は戰死と曰ふ所に蘇生して血に染み漸く歸れり。孝高大に喜び、汝既に死せりと思ひしに、天未だ吾が命を絶ち給はず、今日の合戰吾一代の不覺なりと自ら愧られければ、基次其言に拘はらず、軍の評議は如何と問ふ。皆明日一戰と言ふ。基次、明日も又變はる謀なくんば、敵は地利を得、味方は嚮導もなく必定又敗れん、之に依り今時を移さず、其の惰氣を撃つに如かずと言ひければ、孝高、兵士皆疲れ氣屈し、とても戰ふこと能はずと言ふ。基次重ねて、某創を被り來れども少しも憩はず、今先鋒を致さば、誰か進まざらん、早や急ぎ給へと自ら先驅しければ、衆士之に勵まされ一時に馳行き、敵の不意を撃ち、大に勝利を得たり。之に依り敵和を乞ひて竟に降れり。 ○孝高、鎭房を招き謀殺せし時、基次長柄にて鎗を合はせり。基次古より鎗を合はすこと多しと雖も、長柄の鎗は今日が始めなりと言て笑ふ。人皆其簡傲の氣象を感稱せり。
現代語訳
孝高が鎮房を攻めた際、思いがけず深入りして敗走しました。基次は谷底に突き落とされましたが、両軍とも入り乱れていて味方はそれを知らず、基次は戦死したと言われていたところ、息を吹き返し、血に染まってやっとのことで帰ってきました。孝高は大いに喜び、お前はもう死んだと思っていたのに、天はまだ私の命をお絶ちにならなかった、今日の合戦は私一代の不覚であったと自ら恥じられました。基次はその言葉にこだわらず、軍議はどうなっているのかと尋ねます。皆は明日一戦すると言います。基次は、明日も変わった策がなければ、敵は地の利を得、味方は道案内もなく、必ずまた負けるでしょう、だから今、時を移さずその気の緩みを撃つのがいちばんです、と言いました。孝高が、兵士は皆疲れて気力も萎えており、とても戦えないと言うと、基次は重ねて、私は傷を負ってきましたが少しも休んでおりません、今私が先鋒をつとめれば誰が進まないことがありましょう、早く急ぎなされ、と自ら先駆けしました。兵士たちは励まされ、一斉に駆けて行き、敵の不意を撃って大勝利を得ました。これによって敵は和を乞い、ついに降伏しました。 孝高が鎮房を招いて謀殺したとき、基次は長柄の槍で槍を合わせました。基次は昔から槍を合わせることは多かったが、長柄の槍は今日が初めてだと言って笑いました。人々は皆、その気ままで物事にこだわらない気質に感心して称えました。
解説

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