名将言行録 / 『名将言行録』藤堂高虎 見栄を戒める備え
○高虎、深く輕薄を戒め、好名を欲せず、苟も虛華に涉りしことは、甚だ之を惡めり。京師東山蓮華王院の後廡長さ六十六間、慶長中尾張射師技を此に試み、爾後射家相承け、遂に、弓矢科場と爲る、之を堂射と曰ふ。高虎其華費を笑ひ、士夫を禁じて往くこと勿らしむ、苟くも裨益する所あるもの小道なりと雖も、必ず嘉尚す、故に士皆實を務むると云ふ。 ○江戸詰の老臣曰く、江戸に鳥銃一挺もなし、非常の備に千挺計りも取寄せ置かるべしと、高虎聞て、奇特なる申分なり、入用の時は幕府へ申し如何程も借用すべし、氣遣致す間敷くと言ふ、夫は一人か二人か何國へか遣はさるゝ時は御意の如くに之あるべけれども、幕府にも騷がるゝ時は、一統に入り申べく、其時は調ひ兼申儀之あるべくと申ければ、高虎、夫は早や亂と申すものなり、其時は向ふに居る前田利常へ押込み、何箇挺にても取り申すに、手間入間敷と言はれけり。老臣退き餘り大きなることを言はるゝと申しゝが、高虎死後、道具を改めければ、角の二階櫓に磨きたる鳥銃千三百挺、小道具まで殘らず揃てありたりしとぞ。 ○高虎曰く、寢所を出るより、其日の死番と心得べく、箇樣に覺悟して寢る故に、物に動ずることなしと。 ○又曰く、小事は大事、大事は小事と心得べし、大事の時は、一門知音打寄り談合する故に、大事にはならざるなり、小事は大事と言ふは一言の義にて打果つるなり、然る故小事は大事と慎むべしと。
新字:○高虎、深く軽薄を戒め、好名を欲せず、苟も虚華に渉りしことは、甚だ之を悪めり。京師東山蓮華王院の後廡長さ六十六間、慶長中尾張射師技を此に試み、爾後射家相承け、遂に、弓矢科場と為る、之を堂射と曰ふ。高虎其華費を笑ひ、士夫を禁じて往くこと勿らしむ、苟くも裨益する所あるもの小道なりと雖も、必ず嘉尚す、故に士皆実を務むると云ふ。 ○江戸詰の老臣曰く、江戸に鳥銃一挺もなし、非常の備に千挺計りも取寄せ置かるべしと、高虎聞て、奇特なる申分なり、入用の時は幕府へ申し如何程も借用すべし、気遣致す間敷くと言ふ、夫は一人か二人か何国へか遣はさるゝ時は御意の如くに之あるべけれども、幕府にも騷がるゝ時は、一統に入り申べく、其時は調ひ兼申儀之あるべくと申ければ、高虎、夫は早や乱と申すものなり、其時は向ふに居る前田利常へ押込み、何箇挺にても取り申すに、手間入間敷と言はれけり。老臣退き余り大きなることを言はるゝと申しゝが、高虎死後、道具を改めければ、角の二階櫓に磨きたる鳥銃千三百挺、小道具まで残らず揃てありたりしとぞ。 ○高虎曰く、寝所を出るより、其日の死番と心得べく、箇様に覚悟して寝る故に、物に動ずることなしと。 ○又曰く、小事は大事、大事は小事と心得べし、大事の時は、一門知音打寄り談合する故に、大事にはならざるなり、小事は大事と言ふは一言の義にて打果つるなり、然る故小事は大事と慎むべしと。
書き下し
○高虎、深く輕薄を戒め、好名を欲せず、苟も虛華に涉りしことは、甚だ之を惡めり。京師東山蓮華王院の後廡長さ六十六間、慶長中尾張射師技を此に試み、爾後射家相承け、遂に、弓矢科場と爲る、之を堂射と曰ふ。高虎其華費を笑ひ、士夫を禁じて往くこと勿らしむ、苟くも裨益する所あるもの小道なりと雖も、必ず嘉尚す、故に士皆實を務むると云ふ。 ○江戸詰の老臣曰く、江戸に鳥銃一挺もなし、非常の備に千挺計りも取寄せ置かるべしと、高虎聞て、奇特なる申分なり、入用の時は幕府へ申し如何程も借用すべし、氣遣致す間敷くと言ふ、夫は一人か二人か何國へか遣はさるゝ時は御意の如くに之あるべけれども、幕府にも騷がるゝ時は、一統に入り申べく、其時は調ひ兼申儀之あるべくと申ければ、高虎、夫は早や亂と申すものなり、其時は向ふに居る前田利常へ押込み、何箇挺にても取り申すに、手間入間敷と言はれけり。老臣退き餘り大きなることを言はるゝと申しゝが、高虎死後、道具を改めければ、角の二階櫓に磨きたる鳥銃千三百挺、小道具まで殘らず揃てありたりしとぞ。 ○高虎曰く、寢所を出るより、其日の死番と心得べく、箇樣に覺悟して寢る故に、物に動ずることなしと。 ○又曰く、小事は大事、大事は小事と心得べし、大事の時は、一門知音打寄り談合する故に、大事にはならざるなり、小事は大事と言ふは一言の義にて打果つるなり、然る故小事は大事と慎むべしと。
現代語訳
○高虎は深く軽薄を戒め、名声を好まず、うわべを飾ることをひどく嫌いました。京都の東山の蓮華王院の後ろの廊下は長さ六十六間あり、慶長年間に尾張の射手が技をここで試し、以後、弓の家が相伝え、ついに弓矢の試合の場となりました。これを堂射といいます。高虎はその費用の華美を笑い、武士が行くことを禁じました。少しでも役に立つものは、小さな道であっても必ずほめたので、士はみな実を務めたということです。 ○江戸詰めの老臣が、江戸に鳥銃が一挺もありません。非常の備えに千挺ばかり取り寄せておかれるのがよいでしょうと言いました。高虎は聞いて、感心な申し分だ。入り用のときには幕府へ申し出て、どれほどでも借りよう。心配するな、と言いました。老臣は、それは一人か二人をどこかへ遣わされるときなら仰せのとおりでしょうが、幕府にも騒動のあるときには、みなが必要となり、そのときは調えがたいでしょうと申しました。高虎は、それはもう乱というものだ。そのときは隣にいる前田利常のところへ押し込めば、何挺でも取れて、手間はかかるまいと言いました。老臣は退いて、あまり大きなことを言われると言いましたが、高虎の死後、道具を調べると、角の二階櫓に磨かれた鳥銃千三百挺が、小道具まで残らずそろってあったということです。 ○高虎は言いました。寝所を出るときから、その日は死ぬ番と心得るべきだ。こう覚悟して寝るので、物事に動じないのだ、と。 ○またこうも言いました。小事は大事、大事は小事と心得るべきだ。大事のときは一門や親しい者が打ち寄って相談するので、大事にはならない。小事は大事と言うのは、一言の義理で討ち果たすことになるからだ。だから、小事は大事として慎まなければならない、と。
解説

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