武士訓 / 卷二・第13段
うまれつき勇敢の人なりとも。かねてものごとに覺悟なければ。ゆきあたりて。憶するやうにも見へ。おもはぬ不覺ともなることあり。むかし袴垂といふ盗賊。禁獄せられしが。大赦にあふて出しかども。立よるべきところなかりしかば。關山にゆきて。道のかたはらに裸にてそら死してふしたりける。しかるところに。道を往來するものども。これはいかにして死たるにや。きずもなきなどゝ。いひのゝしりける。それとはしらず。騎馬のさふらひ通りけるが。かくときゝて。弓取なをし。馬をおしたてゝ。死人のかたに目をかけ。用心して過ければ。みる人手をうつて。たばかりいかめしきさふらひの。死人に向て。用心するおかしさよとわらひけり。そのゝち往來の人すくなくなりけるとき。
新字:うまれつき勇敢の人なりとも。かねてものごとに覚悟なければ。ゆきあたりて。憶するやうにも見へ。おもはぬ不覚ともなることあり。むかし袴垂といふ盗賊。禁獄せられしが。大赦にあふて出しかども。立よるべきところなかりしかば。関山にゆきて。道のかたはらに裸にてそら死してふしたりける。しかるところに。道を往来するものども。これはいかにして死たるにや。きずもなきなどゝ。いひのゝしりける。それとはしらず。騎馬のさふらひ通りけるが。かくときゝて。弓取なをし。馬をおしたてゝ。死人のかたに目をかけ。用心して過ければ。みる人手をうつて。たばかりいかめしきさふらひの。死人に向て。用心するおかしさよとわらひけり。そのゝち往来の人すくなくなりけるとき。
書き下し
うまれつき勇敢の人なりとも。かねてものごとに覺悟なければ。ゆきあたりて。憶するやうにも見へ。おもはぬ不覺ともなることあり。むかし袴垂といふ盗賊。禁獄せられしが。大赦にあふて出しかども。立よるべきところなかりしかば。關山にゆきて。道のかたはらに裸にてそら死してふしたりける。しかるところに。道を往來するものども。これはいかにして死たるにや。きずもなきなどゝ。いひのゝしりける。それとはしらず。騎馬のさふらひ通りけるが。かくときゝて。弓取なをし。馬をおしたてゝ。死人のかたに目をかけ。用心して過ければ。みる人手をうつて。たばかりいかめしきさふらひの。死人に向て。用心するおかしさよとわらひけり。そのゝち往來の人すくなくなりけるとき。
現代語訳
生まれつき勇敢な人であっても、日頃から物事に覚悟がなければ、いざ行き当たったときに臆するように見え、思わぬ不覚を取ることがあります。昔、袴垂という盗賊が、投獄されましたが、大赦に遭って出たものの、立ち寄るところがなかったので、関山に行き、道のかたわらに裸で死んだふりをして伏せていました。そこで道を往来する者たちが、これはどうして死んだのか、傷もないのに、などと言いののしっていました。それとは知らず、騎馬の侍が通りかかり、こう聞いて、弓を取り直し、馬を進めて死人のほうに目をかけ、用心して通り過ぎたので、見ていた人は手を打って、虚勢を張った厳めしい侍が、死人に向かって用心するのはおかしい、と笑いました。そののち、往来の人が少なくなったとき、
解説
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人生を、一行の式にしてみた。
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