名将言行録 / 『名将言行録』小西行長 評・秀吉没後の暗闘
秀吉死後の暗鬪目に見るが如し。その間に處する家康のにくいまでの落着を見よ。
新字:秀吉死後の暗闘目に見るが如し。その間に処する家康のにくいまでの落着を見よ。
書き下し
秀吉死後の暗鬪目に見るが如し。その間に處する家康のにくいまでの落着を見よ。
現代語訳
秀吉の死後の暗闘は、目に見るようである。その間に処する家康の、憎いまでの落ち着きを見よ。
解説
菊池寛は短い評で、秀吉の死後の暗闘は目に見えるようで、その中に処する家康の憎いまでの落ち着きを見よ、と述べます。直前の場面が三成方の焦りと議論の割れを描くのと対照に、家康の冷静さが際立つという見方です。1943年の作家の簡潔な感想ですが、動きの多い局面ほど静かに構える側が優位を取るという読みは、競争や交渉の場面にも当てはめて考えられます。

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菊池寛秀吉没後暗闘家康落ち着き対照
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