名将言行録 / 『名将言行録』加藤清正 異国の印で危機を救う
○清正、朝鮮の王子を擒にせし時、朝鮮人朝餉を乞ふ。依て清正食を調へ、椀折敷、其外の器物を一人に一色づゝ持たせ、六十餘人込み入りたり。王子に附副ひたる者共、是に驚き騒ぎ立、王子を討つぞと心得、半弓を彎て清正を射んとす。清正こは如何にと制し止むれども、言は通ぜず、士卒共聲々に喚はる程、猶進み近付て、今は危く見えけるが、清正屹度思案を廻らし、異國には、印章を以て約を爲すと云ふことありと思ひ出し、燧袋より印を取出し、彼の印判を紙に貼し、一人づゝに與へしかば、其意通じけるにや、是にて靜まり、皆々箭を外して禮を爲しける。清正危き場を遁れて、其後家臣の者共にも、度々語られけるは、日本にて數處戰場に出ると雖も、是程の危難に逢はず、會盟に印章を用ふると云ふことを知ずんば、犬死すべかりつるぞ、と言はれしとぞ。 ○此時國妃も王子と共に去る。侍婢多からず、頸に一物を係けて面を覆へり、其物一尺計りなり、牛脯と申すものなるべしと云ふ、先驅の者共之を挿へんとす、清正曰く、顏面を覩ること勿れ、侵し掠むること勿れ、觸れ犯すこと勿れと令し、遂に之を知らざる眞似して飲食を贈り、則ち逃れ去らしむ。朝鮮人、清正の驍勇を畏れ、且つ其情あるに感ぜり。
新字:○清正、朝鮮の王子を擒にせし時、朝鮮人朝餉を乞ふ。依て清正食を調へ、椀折敷、其外の器物を一人に一色づゝ持たせ、六十余人込み入りたり。王子に附副ひたる者共、是に驚き騒ぎ立、王子を討つぞと心得、半弓を彎て清正を射んとす。清正こは如何にと制し止むれども、言は通ぜず、士卒共声々に喚はる程、猶進み近付て、今は危く見えけるが、清正屹度思案を廻らし、異国には、印章を以て約を為すと云ふことありと思ひ出し、燧袋より印を取出し、彼の印判を紙に貼し、一人づゝに与へしかば、其意通じけるにや、是にて静まり、皆々箭を外して礼を為しける。清正危き場を遁れて、其後家臣の者共にも、度々語られけるは、日本にて数処戦場に出ると雖も、是程の危難に逢はず、会盟に印章を用ふると云ふことを知ずんば、犬死すべかりつるぞ、と言はれしとぞ。 ○此時国妃も王子と共に去る。侍婢多からず、頸に一物を係けて面を覆へり、其物一尺計りなり、牛脯と申すものなるべしと云ふ、先駆の者共之を挿へんとす、清正曰く、顔面を睹ること勿れ、侵し掠むること勿れ、触れ犯すこと勿れと令し、遂に之を知らざる真似して飲食を贈り、則ち逃れ去らしむ。朝鮮人、清正の驍勇を畏れ、且つ其情あるに感ぜり。
書き下し
○清正、朝鮮の王子を擒にせし時、朝鮮人朝餉を乞ふ。依て清正食を調へ、椀折敷、其外の器物を一人に一色づゝ持たせ、六十餘人込み入りたり。王子に附副ひたる者共、是に驚き騒ぎ立、王子を討つぞと心得、半弓を彎て清正を射んとす。清正こは如何にと制し止むれども、言は通ぜず、士卒共聲々に喚はる程、猶進み近付て、今は危く見えけるが、清正屹度思案を廻らし、異國には、印章を以て約を爲すと云ふことありと思ひ出し、燧袋より印を取出し、彼の印判を紙に貼し、一人づゝに與へしかば、其意通じけるにや、是にて靜まり、皆々箭を外して禮を爲しける。清正危き場を遁れて、其後家臣の者共にも、度々語られけるは、日本にて數處戰場に出ると雖も、是程の危難に逢はず、會盟に印章を用ふると云ふことを知ずんば、犬死すべかりつるぞ、と言はれしとぞ。 ○此時國妃も王子と共に去る。侍婢多からず、頸に一物を係けて面を覆へり、其物一尺計りなり、牛脯と申すものなるべしと云ふ、先驅の者共之を挿へんとす、清正曰く、顏面を覩ること勿れ、侵し掠むること勿れ、觸れ犯すこと勿れと令し、遂に之を知らざる眞似して飲食を贈り、則ち逃れ去らしむ。朝鮮人、清正の驍勇を畏れ、且つ其情あるに感ぜり。
現代語訳
清正が朝鮮の王子を捕らえたとき、朝鮮人が朝食を求めました。そこで清正は食事を用意し、椀、折敷、そのほかの器を一人に一種類ずつ持たせたところ、六十人余りが込み入って入ってきました。王子に付き添う者たちはこれに驚いて騒ぎ立て、王子を討つのだと思い込み、半弓を引いて清正を射ようとしました。清正は「これはどうしたことか」と制し止めましたが、言葉は通じません。兵士たちが声々に叫ぶほど、さらに進み近づいて、今や危うく見えましたが、清正はきっと思案をめぐらし、異国では印章によって約束をするということがあったと思い出して、燧袋から印を取り出し、その印判を紙に貼って、一人ずつに与えたところ、その意が通じたのか、これで静まり、皆が矢を外して礼をしました。清正は危うい場を逃れ、その後、家臣たちにもたびたび語って、「日本で数か所の戦場に出たが、これほどの危難に逢ったことはない。会盟に印章を用いるということを知らなかったなら、犬死にするところだった」と言われたということです。 このとき国妃も王子とともに去りました。侍女は多くなく、首に一つの物を掛けて顔を覆っていました。その物は一尺ほどで、牛脯というものであろうと言います。先駆けの者たちがこれを捕らえようとすると、清正は、「顔を見てはならない、侵し掠めてはならない、触れ犯してはならない」と命じ、ついにこれを知らないふりをして飲食を贈り、そのまま逃れ去らせました。朝鮮人は、清正の驍勇を畏れ、かつその情けのあることに感じました。
解説

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