名将言行録 / 『名将言行録』福島正則 槍の錆と鞘の中
○正則の士、夫銀取過ぎたりとて、廣島の百姓六人江戸へ來り、目安を以て訴へたり。正則之を聞き、臺所役人に、遠方罷越せしことなれば、隨分馳走せよと申付ける、百姓共は大に喜び居たりしが、士は肩唾を呑みて居たりけり。四五日過ぎしかば、彼百姓六人を白洲に呼出し、悉く首を剿たり。正則曰く、銀五百目や、六百目のことにて、正則が先途を見屆けんとて、不便なる妻子を捨る士共へ迷惑させんこと思ひも寄らず、愕々懼き百姓共哉と言はれければ、諸士皆感涙を流せり。 ○正則、或日城を出る時、門外の石垣に鎗立掛けあるを見て、あれは誰が鎗なるぞ、日當りに立置きては、汗をかくものなれば、置き直せと申けるを、歩行者狼狽へ、尚ほ日當りに持行きたり。正則腹立し、自身取て置直すとて、鞘を拔て見るに、赤く鏽たり。正則皆拔くに及ばず、士の一本道具を鏽さする腰拔奴、誰が鎗なるぞと罵りて投捨る、其鎗は可兒才藏吉長の鎗なり、吉長憤怒し、先を見給へと言ふ。正則叉取つて先を見るに、鎗先三寸程氷の如く研立たり。吉長憤り、鎗は先にて突くものにて候と言ふ。正則大に驚き、其儘鞘に納め、押戴て自身立掛け置しとぞ。
新字:○正則の士、夫銀取過ぎたりとて、広島の百姓六人江戸へ来り、目安を以て訴へたり。正則之を聞き、台所役人に、遠方罷越せしことなれば、随分馳走せよと申付ける、百姓共は大に喜び居たりしが、士は肩唾を呑みて居たりけり。四五日過ぎしかば、彼百姓六人を白洲に呼出し、悉く首を剿たり。正則曰く、銀五百目や、六百目のことにて、正則が先途を見届けんとて、不便なる妻子を捨る士共へ迷惑させんこと思ひも寄らず、愕々懼き百姓共哉と言はれければ、諸士皆感涙を流せり。 ○正則、或日城を出る時、門外の石垣に鎗立掛けあるを見て、あれは誰が鎗なるぞ、日当りに立置きては、汗をかくものなれば、置き直せと申けるを、歩行者狼狽へ、尚ほ日当りに持行きたり。正則腹立し、自身取て置直すとて、鞘を抜て見るに、赤く鏽たり。正則皆抜くに及ばず、士の一本道具を鏽さする腰抜奴、誰が鎗なるぞと罵りて投捨る、其鎗は可児才蔵吉長の鎗なり、吉長憤怒し、先を見給へと言ふ。正則叉取つて先を見るに、鎗先三寸程氷の如く研立たり。吉長憤り、鎗は先にて突くものにて候と言ふ。正則大に驚き、其儘鞘に納め、押戴て自身立掛け置しとぞ。
書き下し
○正則の士、夫銀取過ぎたりとて、廣島の百姓六人江戸へ來り、目安を以て訴へたり。正則之を聞き、臺所役人に、遠方罷越せしことなれば、隨分馳走せよと申付ける、百姓共は大に喜び居たりしが、士は肩唾を呑みて居たりけり。四五日過ぎしかば、彼百姓六人を白洲に呼出し、悉く首を剿たり。正則曰く、銀五百目や、六百目のことにて、正則が先途を見屆けんとて、不便なる妻子を捨る士共へ迷惑させんこと思ひも寄らず、愕々懼き百姓共哉と言はれければ、諸士皆感涙を流せり。 ○正則、或日城を出る時、門外の石垣に鎗立掛けあるを見て、あれは誰が鎗なるぞ、日當りに立置きては、汗をかくものなれば、置き直せと申けるを、歩行者狼狽へ、尚ほ日當りに持行きたり。正則腹立し、自身取て置直すとて、鞘を拔て見るに、赤く鏽たり。正則皆拔くに及ばず、士の一本道具を鏽さする腰拔奴、誰が鎗なるぞと罵りて投捨る、其鎗は可兒才藏吉長の鎗なり、吉長憤怒し、先を見給へと言ふ。正則叉取つて先を見るに、鎗先三寸程氷の如く研立たり。吉長憤り、鎗は先にて突くものにて候と言ふ。正則大に驚き、其儘鞘に納め、押戴て自身立掛け置しとぞ。
現代語訳
正則の士のうち、夫銀を取りすぎたとして、広島の百姓六人が江戸へ来て、目安をもって訴えた。正則はこれを聞き、台所役人に、遠方から来たのであるから、十分にもてなせと申しつけた。百姓どもは大いに喜んでいたが、士は固唾を呑んでいた。四、五日たったあと、その百姓六人を白洲に呼び出し、ことごとく首を刎ねた。正則は、銀五百目や六百目のことで、正則の行く末を見届けようと、不憫な妻子を捨てる士どもに迷惑をかけることなど思いもよらない。恐ろしい百姓どもだ、と言われたので、諸士はみな感涙を流した。 正則はある日、城を出るとき、門外の石垣に槍が立てかけてあるのを見て、あれは誰の槍か、日当たりに立てておくと汗をかくものだから、置き直せ、と言ったところ、歩行の者はうろたえて、なお日当たりに持って行った。正則は腹を立て、自分で取って置き直そうと鞘を抜いて見ると、赤く錆びていた。正則は皆抜くには及ばない、士の一本道具を錆びさせる腰抜けは誰の槍か、と罵って投げ捨てた。その槍は可児才蔵吉長の槍であった。吉長は憤怒して、先をご覧なさい、と言った。正則がまた取って先を見ると、槍先は三寸ほど氷のように研ぎ立ててあった。吉長は憤り、槍は先で突くものでございます、と言った。正則は大いに驚き、そのまま鞘に納め、押し戴いて自分で立て掛け置いたという。
解説

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