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名将言行録 / 『名将言行録』加藤嘉明 功者ぶらぬ心得と日常の人柄

○嘉明常に曰く、武士は常に不功者なりと思へば、仕そこないなきものなり、功者振を致せば、必ず違ふものなりと。 ○嘉明、人となり剛毅にして、謀慮あり。其下に臨むや、良士を聘し、徒卒を撫し、其上に事るや、謹慤、友に交るや、忠信應接の間、恭謙堅行、造次顛沛にも、敢て武備を忘れず、まま亦文事を好むと云ふ。 ○嘉明、南京の陶器を好み、秘藏せり。一日客を饗應せし時、爵皿十人前揃てありしを、近習の士過ちて一つ取落し、是を割れり、依て右の者遠慮せし由を嘉明聞て、早々呼出し、苦しからざることなり、遠慮に及ばざるぞ、重ねても、誰も麁相はあるべきことなり、割殘りの爵皿持來れとて、取寄せ、悉く碎き捨て、器物を愛する心より、士を麁忽の名に汚したり、是十の數ある物の中、何の年、何某こそ損じつれと、器物の出る度毎に、其者の名を出さんこと、吾本意にあらず、毛頭怒てするにあらず、吾非を改むるなりと言て、其後は器物を愛することをせず。 ○嘉明、家臣共燒火の間に寄合ひ、火箸を燒き灰に立置き、人に取らせ娛みとする時、嘉明不圖出て知らずして火箸を取る、手より烟立ちしかども騷がず、灰に一の字を書て、差込み置き、物語常の如くして入れり、後ち醫師に掛りて癒えたりしが、終に詮議なかりけり。

新字:○嘉明常に曰く、武士は常に不功者なりと思へば、仕そこないなきものなり、功者振を致せば、必ず違ふものなりと。 ○嘉明、人となり剛毅にして、謀慮あり。其下に臨むや、良士を聘し、徒卒を撫し、其上に事るや、謹慤、友に交るや、忠信応接の間、恭謙堅行、造次顛沛にも、敢て武備を忘れず、まま亦文事を好むと云ふ。 ○嘉明、南京の陶器を好み、秘蔵せり。一日客を饗応せし時、爵皿十人前揃てありしを、近習の士過ちて一つ取落し、是を割れり、依て右の者遠慮せし由を嘉明聞て、早々呼出し、苦しからざることなり、遠慮に及ばざるぞ、重ねても、誰も麁相はあるべきことなり、割残りの爵皿持来れとて、取寄せ、悉く砕き捨て、器物を愛する心より、士を麁忽の名に汚したり、是十の数ある物の中、何の年、何某こそ損じつれと、器物の出る度毎に、其者の名を出さんこと、吾本意にあらず、毛頭怒てするにあらず、吾非を改むるなりと言て、其後は器物を愛することをせず。 ○嘉明、家臣共焼火の間に寄合ひ、火箸を焼き灰に立置き、人に取らせ娯みとする時、嘉明不図出て知らずして火箸を取る、手より烟立ちしかども騷がず、灰に一の字を書て、差込み置き、物語常の如くして入れり、後ち医師に掛りて癒えたりしが、終に詮議なかりけり。

書き下し

○嘉明常に曰く、武士は常に不功者なりと思へば、仕そこないなきものなり、功者振を致せば、必ず違ふものなりと。 ○嘉明、人となり剛毅にして、謀慮あり。其下に臨むや、良士を聘し、徒卒を撫し、其上に事るや、謹慤、友に交るや、忠信應接の間、恭謙堅行、造次顛沛にも、敢て武備を忘れず、まま亦文事を好むと云ふ。 ○嘉明、南京の陶器を好み、秘藏せり。一日客を饗應せし時、爵皿十人前揃てありしを、近習の士過ちて一つ取落し、是を割れり、依て右の者遠慮せし由を嘉明聞て、早々呼出し、苦しからざることなり、遠慮に及ばざるぞ、重ねても、誰も麁相はあるべきことなり、割殘りの爵皿持來れとて、取寄せ、悉く碎き捨て、器物を愛する心より、士を麁忽の名に汚したり、是十の數ある物の中、何の年、何某こそ損じつれと、器物の出る度毎に、其者の名を出さんこと、吾本意にあらず、毛頭怒てするにあらず、吾非を改むるなりと言て、其後は器物を愛することをせず。 ○嘉明、家臣共燒火の間に寄合ひ、火箸を燒き灰に立置き、人に取らせ娛みとする時、嘉明不圖出て知らずして火箸を取る、手より烟立ちしかども騷がず、灰に一の字を書て、差込み置き、物語常の如くして入れり、後ち醫師に掛りて癒えたりしが、終に詮議なかりけり。

現代語訳

嘉明は常に言った。「武士は常に自分は不功者だと思えば、しくじりがない。功者ぶると、必ず違うものだ」と。 嘉明は人柄が剛毅で、知略があった。部下に対しては、良い士を招き、一般の兵を慈しんだ。上の者に仕えるときは、慎み深く、友に交わる時は、誠実で、応対の間も恭しく控えめだった。とっさの時も、武備を忘れず、時には文事も好んだという。 嘉明は南京の陶器を好み、大事にしていた。ある日、客を饗応する時、杯の皿が十人前そろえてあったが、近習の士が誤って一つ取り落として割った。その者が謹慎していると聞いて、嘉明はすぐに呼び出して、「構わない。遠慮するな。誰でもまた粗相はあるものだ。割れ残った杯の皿を持ってこい」と言い、取り寄せて、すべて砕き捨てた。「器物を愛する心から、士を粗忽の名に汚した。この十の数のある物の中で、何年に誰が壊したと、器物が出るたびに、その者の名を出すのは、私の本意ではない。少しも怒ってするのではない、私が自分の非を改めるのだ」と言って、その後は器物を愛することをしなくなった。 嘉明の家臣たちが、炉端の間に集まり、火箸を焼いて灰に立て置き、人に取らせて楽しんでいた時、嘉明はふと出てきて、知らずに火箸を取った。手から煙が立ったが、騒がず、灰に「一」の字を書いて差し込み置き、いつもどおり話をして、奥に入った。後に医師にかかって癒えたが、結局、詮議はなされなかった。

解説

四つの逸話は、嘉明の人柄を構成する小さな断片です。慢心を戒める言葉、部下への配慮、割れた器を自ら砕いてしまう徹底、そして火箸を握っても騒がず、悪戯をした家臣を咎めなかった寛容さです。器の話は、ミスをした部下の名が物とともに記憶されるのを避けるため、物を愛する自分の執着を断った、という内容で、現代でいえばミスを引きずらない職場文化づくりに通じます。ただし、こうした逸話は後世に集められたもので、そのまま史実とは断定できません。
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この章句が説くこと

嘉明不功者謙虚部下への配慮割れた器寛容

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