名将言行録 / 『名将言行録』加藤嘉明 虎の兜と島津への忠告
○秀忠、嘉明及び、立花宗茂等と閑談せられし時、朝鮮にては、如何樣の珍敷物を見しやと尋ねらる。宗茂、鯉の四尺斗りなるを見候と申す。秀忠、大國なる故に然るべしとのことなり、嘉明奧入りの時、虎出て或者の胄の天邊を喰切候ひしを、脇より鳥銃を以て、打殺し候と申しかば、秀忠兎角の答なし、嘉明僞りとや思はれたるらんと思ひ急に國許より彼胄を取り寄せ、本多正信に寄りて、臺覽に備ふ。秀忠嘉明は律義なる人なりと稱美せられけり。 ○島津薩摩守、諸大名を招き饗應の時、嘉明も一座なり、飯後色々物語の節、嫡子大隅守へ、何れも申すは、島津は古き御家にて、御家中も廣く弓箭も奧深く賴母敷存候由、褒美之ある時、嘉明大隅守へ向ひ、御手前御若輩なれば、右會釋を賓と思召さる間敷候、當時武勇にて大身と成り候、我々心掛少しも怠らず、家中も武剛の者を撰集候故、下々まで他に勝れ候覺悟、一際之あり候、縱令古き大家たりとも、主人の心怠らば、家中も親の讓を請けたる計にて、手を下さゞる者共故、油斷のみにて間に合ざること之あるものに候、御油斷の時は、中々我等式にも勝負に御叶成さる間敷候、尤も大家の主從一致に心掛候へば、猶以て根强く候、然らば御自分の御覺悟第一にて下々まで怠らざる樣に仰聞けらるべくと申す。大隅守を始め、列座の面々嘉明が金言を感ぜり。嘉明歸宅の時分、家老を始め、數人白洲へ出でゝ申すは、先程大隅守への御異見感佩仕り候、偖又家中の者の心入まで仰聞けられ忝き次第申盡し難く候と、一同禮謝を申し、其後は島津の家老ども、嘉明所に年始歳暮等に參りしとぞ。
新字:○秀忠、嘉明及び、立花宗茂等と閑談せられし時、朝鮮にては、如何様の珍敷物を見しやと尋ねらる。宗茂、鯉の四尺斗りなるを見候と申す。秀忠、大国なる故に然るべしとのことなり、嘉明奥入りの時、虎出て或者の胄の天辺を喰切候ひしを、脇より鳥銃を以て、打殺し候と申しかば、秀忠兎角の答なし、嘉明偽りとや思はれたるらんと思ひ急に国許より彼胄を取り寄せ、本多正信に寄りて、台覧に備ふ。秀忠嘉明は律義なる人なりと称美せられけり。 ○島津薩摩守、諸大名を招き饗応の時、嘉明も一座なり、飯後色々物語の節、嫡子大隅守へ、何れも申すは、島津は古き御家にて、御家中も広く弓箭も奥深く頼母敷存候由、褒美之ある時、嘉明大隅守へ向ひ、御手前御若輩なれば、右会釈を賓と思召さる間敷候、当時武勇にて大身と成り候、我々心掛少しも怠らず、家中も武剛の者を撰集候故、下々まで他に勝れ候覚悟、一際之あり候、縦令古き大家たりとも、主人の心怠らば、家中も親の譲を請けたる計にて、手を下さゞる者共故、油断のみにて間に合ざること之あるものに候、御油断の時は、中々我等式にも勝負に御叶成さる間敷候、尤も大家の主従一致に心掛候へば、猶以て根強く候、然らば御自分の御覚悟第一にて下々まで怠らざる様に仰聞けらるべくと申す。大隅守を始め、列座の面々嘉明が金言を感ぜり。嘉明帰宅の時分、家老を始め、数人白洲へ出でゝ申すは、先程大隅守への御異見感佩仕り候、偖又家中の者の心入まで仰聞けられ忝き次第申尽し難く候と、一同礼謝を申し、其後は島津の家老ども、嘉明所に年始歳暮等に参りしとぞ。
書き下し
○秀忠、嘉明及び、立花宗茂等と閑談せられし時、朝鮮にては、如何樣の珍敷物を見しやと尋ねらる。宗茂、鯉の四尺斗りなるを見候と申す。秀忠、大國なる故に然るべしとのことなり、嘉明奧入りの時、虎出て或者の胄の天邊を喰切候ひしを、脇より鳥銃を以て、打殺し候と申しかば、秀忠兎角の答なし、嘉明僞りとや思はれたるらんと思ひ急に國許より彼胄を取り寄せ、本多正信に寄りて、臺覽に備ふ。秀忠嘉明は律義なる人なりと稱美せられけり。 ○島津薩摩守、諸大名を招き饗應の時、嘉明も一座なり、飯後色々物語の節、嫡子大隅守へ、何れも申すは、島津は古き御家にて、御家中も廣く弓箭も奧深く賴母敷存候由、褒美之ある時、嘉明大隅守へ向ひ、御手前御若輩なれば、右會釋を賓と思召さる間敷候、當時武勇にて大身と成り候、我々心掛少しも怠らず、家中も武剛の者を撰集候故、下々まで他に勝れ候覺悟、一際之あり候、縱令古き大家たりとも、主人の心怠らば、家中も親の讓を請けたる計にて、手を下さゞる者共故、油斷のみにて間に合ざること之あるものに候、御油斷の時は、中々我等式にも勝負に御叶成さる間敷候、尤も大家の主從一致に心掛候へば、猶以て根强く候、然らば御自分の御覺悟第一にて下々まで怠らざる樣に仰聞けらるべくと申す。大隅守を始め、列座の面々嘉明が金言を感ぜり。嘉明歸宅の時分、家老を始め、數人白洲へ出でゝ申すは、先程大隅守への御異見感佩仕り候、偖又家中の者の心入まで仰聞けられ忝き次第申盡し難く候と、一同禮謝を申し、其後は島津の家老ども、嘉明所に年始歳暮等に參りしとぞ。
現代語訳
秀忠が、嘉明や立花宗茂らと閑談した時、「朝鮮ではどのような珍しいものを見たか」と尋ねた。宗茂は「鯉の四尺ばかりのものを見ました」と言った。秀忠は「大国だからそうなのだろう」と言った。嘉明は「奥地に入った時、虎が出て、ある者の兜の天辺を食い切りましたが、脇から鳥銃で撃ち殺しました」と言ったが、秀忠はとかく答えなかった。嘉明は嘘と思われたのではないかと考え、急いで国元からその兜を取り寄せ、本多正信を通じてご覧に入れた。秀忠は「嘉明は律義な人だ」と称賛した。 島津薩摩守が諸大名を招いて饗応した時、嘉明も同席した。食事の後、いろいろ話をする中で、嫡子の大隅守に向かって、皆が「島津は古い御家で、御家中も広く、武芸も奥深く頼もしい」と褒めていた。そのとき嘉明は大隅守に向かって言った。「あなたはまだお若いので、この挨拶を賓客への礼としてお受けになってはいけません。当世、武勇によって大身となった我々は、心掛けを少しも怠らず、家中でも武勇の者を選び集めているので、下々に至るまで他に勝る覚悟があります。たとえ古い大家であっても、主人の心が怠れば、家中も親の恩恵を受けただけで、手を下さない者ばかりになり、油断してばかりで役に立たないことがあります。ご油断の時は、我々のような者にも、とても勝負になりますまい。もっとも、大家が主従一致して心がければ、いっそう根強いものです。それなら、ご自分の覚悟を第一に、下々まで怠らないように仰せになってください」。大隅守をはじめ、列座の面々は嘉明の金言に感心した。嘉明が帰宅すると、家老をはじめ数人が白洲に出て、「先ほど大隅守へのご意見に感服しました。また家中の者の心構えまでおっしゃっていただき、ありがたく、申し尽くせません」と一同礼を述べた。その後は、島津の家老たちが、嘉明のところへ年始や歳暮の挨拶に来たという。
解説

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