名将言行録 / 『名将言行録』加藤嘉明 評・八百石の疑い
この八百石は恐らく間違である、ある本に河村は六千石取つてゐたとある。
書き下し
この八百石は恐らく間違である、ある本に河村は六千石取つてゐたとある。
現代語訳
この八百石は、おそらく間違いである。ある本には、河村は六千石を取っていたとある。
解説
菊池寛は、河村権七の禄を八百石とする本文について、おそらく間違いで、ある本には六千石とあると述べます。わずか一行ですが、評者が本文の数字に疑問を呈し、他書と照らして確かめようとする姿勢が分かります。岡谷の逸話集は、諸書から集めた話が中心で、数字や細部には異同があります。これは、現代の仕事でも、一つの資料だけで結論を急がず、複数の出典を突き合わせて数字を確かめる態度につながります。なお、どちらが正しいかは、この章句からは判断できません。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
菊池寛の評河村権七禄高異説出典の照合数字の確認
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