宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公平日謂成大事在膽未嘗以膽許人往往自許也潞公在西府人有以公進退諷潞公者潞公曰彦博豈敢望韓公韓公地位别彦博則有些麄材蒙朝廷擢備兩府耳人頗與潞公自知之明
新字:公平日謂成大事在胆未嘗以胆許人往往自許也潞公在西府人有以公進退諷潞公者潞公曰彦博豈敢望韓公韓公地位別彦博則有些麄材蒙朝廷擢備両府耳人頗与潞公自知之明
書き下し
公平日、大事を成すは膽に在りと謂う。未だ嘗て膽を以て人を許さず。往往にして自ら許すなり。潞公西府に在り。人の公の進退を以て潞公を諷する者有り。潞公曰く、彦博豈に敢えて韓公を望まんや。韓公の地位は別なり。彦博は則ち些かの麤材有りて、朝廷に擢ばれて兩府に備わるを蒙るのみと。人頗る潞公の自知の明を與す。
現代語訳
韓琦はふだんから、大事を成し遂げるのは胆にある、と言っていた。かつて胆をもって人を認めたことがない。往々にして自分を認めていた。文彦博が枢密院にいた。ある人が韓琦の進退を引き合いに出して文彦博をあてこすった。文彦博は言った。「彦博がどうして韓公を望めようか。韓公の地位は別格である。彦博のほうは、いくらか粗い材があって、朝廷に選ばれて二府に加えていただいているだけだ」。人々は、文彦博の自分を知る明を、かなり認めた。
解説
二人の自己評価が並べてあります。韓琦のほうは、はっきり自負でした。**かつて胆をもって人を認めたことがない。往々にして自分を認めていた。**謙遜の人として書かれてきたこの巻に、この一行があるのが面白い。功は譲っても、資質の自己評価は譲っていません。あてこすられた文彦博の答えも、卑下ではありませんでした。**彦博のほうは、いくらか粗い材があって、朝廷に選ばれて二府に加えていただいているだけだ。**自分の寸法を正確に言えたので、評価が上がっています。
この章句が説くこと
大事を成すは胆に在り未だ嘗て胆を以て人を許さず往往にして自ら許すなり彦博豈に敢えて韓公を望まんや韓公の地位は別なり人頗る潞公の自知の明を与す胆力自負
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