古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

名将言行録 / 『名将言行録』鍋島直茂 山伏の夢の祝儀

○或山伏、黒田長政の所に至り、昨夜の夢に、長政公五ヶ國の太守に成らせられしを見たりと申す、長政偖々能き夢、早々知らせ過分のことなり、頓て五ヶ國の太守に成り候時、祝儀遣はすべくと言て返す。山伏、案に相違せり。又肥前に來り同じ夢を直茂に申す。直茂偖々能き夢、早速知らせ過分のことなりと言て金百疋を與ふ、近臣黒田家のことを言て、金子を賜はることは如何と申す、直茂曰く惣じて道の者は其道にて立つて行かねば叶はぬものなり、山伏抔は、あの樣なることどもを言て、人の施を受くる者なる故、金子を與へたりと言はれけり。 ○直茂、年老て多布施に退隱せり。近邊に西峰院と曰ふ小庵あり、庵主、毎日曉天に鉦を扣き經を誦す。直茂之を聞き、人は斯くこそ職を勸むべけれ、奇特の者なり、賞すべしとて、人を遣はし視せければ、彼僧未だ起きず、撥を足に展て鉦を扣き、臥して經を讀む。使者密に之を見て歸り、彼は以の外不屆者なり、罰し給へと言て其樣子を語りければ、直茂、莞爾として苦しからず、善事は眞似でもせよと言へることありと言て、竟に祿を與へけり。彼庵今に於て其祿を保てりと云ふ。

新字:○或山伏、黒田長政の所に至り、昨夜の夢に、長政公五ヶ国の太守に成らせられしを見たりと申す、長政偖々能き夢、早々知らせ過分のことなり、頓て五ヶ国の太守に成り候時、祝儀遣はすべくと言て返す。山伏、案に相違せり。又肥前に来り同じ夢を直茂に申す。直茂偖々能き夢、早速知らせ過分のことなりと言て金百疋を与ふ、近臣黒田家のことを言て、金子を賜はることは如何と申す、直茂曰く惣じて道の者は其道にて立つて行かねば叶はぬものなり、山伏抔は、あの様なることどもを言て、人の施を受くる者なる故、金子を与へたりと言はれけり。 ○直茂、年老て多布施に退隠せり。近辺に西峰院と曰ふ小庵あり、庵主、毎日暁天に鉦を扣き経を誦す。直茂之を聞き、人は斯くこそ職を勧むべけれ、奇特の者なり、賞すべしとて、人を遣はし視せければ、彼僧未だ起きず、撥を足に展て鉦を扣き、臥して経を読む。使者密に之を見て帰り、彼は以の外不届者なり、罰し給へと言て其様子を語りければ、直茂、莞爾として苦しからず、善事は真似でもせよと言へることありと言て、竟に禄を与へけり。彼庵今に於て其禄を保てりと云ふ。

書き下し

○或山伏、黒田長政の所に至り、昨夜の夢に、長政公五ヶ國の太守に成らせられしを見たりと申す、長政偖々能き夢、早々知らせ過分のことなり、頓て五ヶ國の太守に成り候時、祝儀遣はすべくと言て返す。山伏、案に相違せり。又肥前に來り同じ夢を直茂に申す。直茂偖々能き夢、早速知らせ過分のことなりと言て金百疋を與ふ、近臣黒田家のことを言て、金子を賜はることは如何と申す、直茂曰く惣じて道の者は其道にて立つて行かねば叶はぬものなり、山伏抔は、あの樣なることどもを言て、人の施を受くる者なる故、金子を與へたりと言はれけり。 ○直茂、年老て多布施に退隱せり。近邊に西峰院と曰ふ小庵あり、庵主、毎日曉天に鉦を扣き經を誦す。直茂之を聞き、人は斯くこそ職を勸むべけれ、奇特の者なり、賞すべしとて、人を遣はし視せければ、彼僧未だ起きず、撥を足に展て鉦を扣き、臥して經を讀む。使者密に之を見て歸り、彼は以の外不屆者なり、罰し給へと言て其樣子を語りければ、直茂、莞爾として苦しからず、善事は眞似でもせよと言へることありと言て、竟に祿を與へけり。彼庵今に於て其祿を保てりと云ふ。

現代語訳

ある山伏が黒田長政のもとに来て、「昨夜の夢で、長政公が五カ国の太守になられるのを見ました」と言った。長政は「ありがたい夢だ。早く知らせてくれて感謝する。やがて五カ国の太守になったら祝儀を遣わそう」と言って帰した。山伏は当てが外れた。その山伏は肥前に来て、同じ夢を直茂に話した。直茂は「ありがたい夢だ。早く知らせてくれて感謝する」と言って金百疋を与えた。側近が黒田家のことを引いて、金を与えるのはいかがなものかと言うと、直茂は「だいたい、その道の者は、その道で生計を立てなければならない。山伏などは、ああいうことを言って、人の施しを受ける者であるから、金を与えたのだ」と言った。 直茂は年老いて多布施に隠居した。近くに西峰院という小さな庵があり、庵主は毎日明け方に鉦を打ち経を読んでいた。直茂はそれを聞いて、「人はこのように職を勧めるべきだ。感心な者だ。褒めてやるべきだ」と言って、人をやって様子を見させた。すると、その僧はまだ起きておらず、撥を足に挟んで鉦を打ち、寝たまま経を読んでいた。使者はそっとそれを見て帰り、「あれはとんでもない不届き者です。罰してください」と言ってその様子を語った。直茂はにこりとして、「構わない。善いことは真似でもせよという言葉がある」と言って、ついに禄を与えた。その庵は今もその禄を保っているという。

解説

同じ夢の話を聞いて、長政は祝儀を後回しにして帰し、直茂は先に金を与えたという対比の逸話です。直茂は、相手の仕事を成り立たせることを大事にする寛容な姿勢を見せています。後半では、寝たまま経を読む僧にも禄を与えます。形は不謹慎でも、続けていること自体に価値を見るという態度です。現代のマネジメントに置き換えると、結果が出る前の小さな努力や、形が整わない取り組みを頭ごなしに否定しない度量に通じます。ただし、これらは語り継がれた逸話であり、細部は確かめにくいものです。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

直茂寛容山伏善事は真似でも継続度量

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る