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名将言行録 / 『名将言行録』鍋島直茂 盗賊を許す親の情

○齋藤佐渡、其子用之助武功ある者共なれども、窮迫に陷り、止むを得ず米負ひたる馬十駄計り劫かし、其米を奪ふ。勝茂怒り、死罪にせんと奉行を以て直茂に告ぐ、直茂夫婦之を聞き、愁歎一方ならず、兎角の返答なし、勝茂驚き、輕減して浪人を命ずる旨、又直茂に告げしむ。直茂曰く、佐渡が强盜は我等がさせたるに異ならず、度々手柄高名したる者なれども、太平の奉公、軍程に之なき故、しか〱地行抔も取らせず、無事の世間故、我等も思ひ忘れたり、其恨み箇樣のことも仕出すべし、面目なきこととなり、我等に對し、浪人申付くること、信濃守の孝行嬉しきことなり、箇樣の惡事を仕出したる者を助けられよ、と言難く最前は返答もせざりしなりと言はれ、追て佐渡へ米十石賜はりたり。直茂死去の時、佐渡、用之助及び、次男權右衞門父子三人殉死せり。

新字:○斎藤佐渡、其子用之助武功ある者共なれども、窮迫に陥り、止むを得ず米負ひたる馬十駄計り劫かし、其米を奪ふ。勝茂怒り、死罪にせんと奉行を以て直茂に告ぐ、直茂夫婦之を聞き、愁嘆一方ならず、兎角の返答なし、勝茂驚き、軽減して浪人を命ずる旨、又直茂に告げしむ。直茂曰く、佐渡が強盗は我等がさせたるに異ならず、度々手柄高名したる者なれども、太平の奉公、軍程に之なき故、しか〱地行抔も取らせず、無事の世間故、我等も思ひ忘れたり、其恨み箇様のことも仕出すべし、面目なきこととなり、我等に対し、浪人申付くること、信濃守の孝行嬉しきことなり、箇様の悪事を仕出したる者を助けられよ、と言難く最前は返答もせざりしなりと言はれ、追て佐渡へ米十石賜はりたり。直茂死去の時、佐渡、用之助及び、次男権右衛門父子三人殉死せり。

書き下し

○齋藤佐渡、其子用之助武功ある者共なれども、窮迫に陷り、止むを得ず米負ひたる馬十駄計り劫かし、其米を奪ふ。勝茂怒り、死罪にせんと奉行を以て直茂に告ぐ、直茂夫婦之を聞き、愁歎一方ならず、兎角の返答なし、勝茂驚き、輕減して浪人を命ずる旨、又直茂に告げしむ。直茂曰く、佐渡が强盜は我等がさせたるに異ならず、度々手柄高名したる者なれども、太平の奉公、軍程に之なき故、しか〱地行抔も取らせず、無事の世間故、我等も思ひ忘れたり、其恨み箇樣のことも仕出すべし、面目なきこととなり、我等に對し、浪人申付くること、信濃守の孝行嬉しきことなり、箇樣の惡事を仕出したる者を助けられよ、と言難く最前は返答もせざりしなりと言はれ、追て佐渡へ米十石賜はりたり。直茂死去の時、佐渡、用之助及び、次男權右衞門父子三人殉死せり。

現代語訳

斎藤佐渡と、その子の用之助は武功のある者たちだったが、困窮に陥り、やむを得ず、米を背負った馬十頭ほどを脅して、その米を奪った。勝茂は怒って死罪にしようと考え、奉行を通じて直茂に告げた。直茂夫婦はこれを聞いて、たいそう嘆き悲しみ、返事をしなかった。勝茂は驚き、刑を軽くして浪人にする旨を改めて直茂に伝えさせた。直茂は言った。「佐渡が強盗をしたのは、私がさせたのと同じことだ。何度も手柄を立てた者なのに、太平の世の奉公は戦ほどには目立たないので、しっかりした知行も与えず、無事の世の中なので私も思い忘れていた。恨んでこのようなことをしでかすのも当然だ。面目ないことである。私に対して浪人を命じるのは、信濃守の孝行であり、うれしいことだ。このような悪事をした者を助けてやってほしいとは、言いにくくて、先ほどは返事もしなかったのだ」。そして後に佐渡へ米十石を与えた。直茂が死去した時、佐渡、用之助、次男の権右衛門の父子三人が殉死した。

解説

部下が罪を犯したとき、直茂は罰を求めるより先に、自分の責任を省みました。戦の時は重んじられた者が、平時には報われず、困窮して罪に走った。その原因を上に立つ側の怠りに見たのです。これは、平時に活躍の場が少なくなる人材をどう処遇するかという、現代の組織にも通じる問いです。殉死は当時の習慣であり、現代の価値観とは異なりますが、恩義が人をどれほど動かすかを示す逸話でもあります。ただし、こうした逸話は後世にまとめられたもので、細部の確かさは慎重に見る必要があります。
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この章句が説くこと

直茂責任平時の処遇浪人恩義寛大な処置

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