名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 盗人を斬らぬ奉行の役目
○下僕の中に、盜みせし者あり。頭共召捕へ、斯く〳〵の罪に候へば、御成敗仰付られ候へと申す。孝高曰く、首刎ることは入らぬことなり、早々追出せと命ず。頭共此者度々のことなれば、是非共首を御刎候へと言ふ。孝高曰く、度々盜み抔せば、盜人に生れ付たる者なるべし、急で追出すべし、先々にて盜みしなば、重ねての主に斬らせよ、第一汝等度々盜みをするを知りたらば、何にして今まで置きたるぞ、一度にても知れたることぞ、と叱られけり。又作事奉行にこけら、又木の端抔念を入れ取集め、風呂屋に渡せと申付ければ、長屋の者共盜み取候に付、少しも之なくと申す。孝高腹立し、こけら盜人を捕へ搦めよ、首を斬るべしと嚴しく申付けければ、頓てこけら盜人を搦め取りたり、其事を手柄立に申ければ、孝高内心には白癡たる仕樣とは思ひけれども、能くしたり、頓て首を斬るべしと言はる。何れも今日か〳〵と思へども、何の沙汰もなし、孝高は、定めて詫に出べく、其時嚴しく申付け、赦すべくと思ひ居たりし所に、留守居の者、作事奉行同然に罷出、今曉首を斬り申べきや、永々縛り置き候へば、日夜番を付け、人も入り申由申ければ、孝高、大白癡を言ふもの哉、能く〳〵聞け、其盜みたる者の首を斬り、盜みたる木の切れに、彼が衣服を着せ使て見よ、人間の役をばせまじきぞ、人を殺すと言ふは容易ならざることなり、汝等は何にとも思はぬと見えたり、急いて赦し遣はせと申付られ、偖又盜まば縛り、首を斬るべきぞとしたゝかに恐がらせて盜まざる樣にするこそ奉行の役なれ、何ぞやたまりて盜ませ、捕へ置て首を斬るとは申さぬぞと叱られけり。
新字:○下僕の中に、盗みせし者あり。頭共召捕へ、斯く〳〵の罪に候へば、御成敗仰付られ候へと申す。孝高曰く、首刎ることは入らぬことなり、早々追出せと命ず。頭共此者度々のことなれば、是非共首を御刎候へと言ふ。孝高曰く、度々盗み抔せば、盗人に生れ付たる者なるべし、急で追出すべし、先々にて盗みしなば、重ねての主に斬らせよ、第一汝等度々盗みをするを知りたらば、何にして今まで置きたるぞ、一度にても知れたることぞ、と叱られけり。又作事奉行にこけら、又木の端抔念を入れ取集め、風呂屋に渡せと申付ければ、長屋の者共盗み取候に付、少しも之なくと申す。孝高腹立し、こけら盗人を捕へ搦めよ、首を斬るべしと厳しく申付けければ、頓てこけら盗人を搦め取りたり、其事を手柄立に申ければ、孝高内心には白痴たる仕様とは思ひけれども、能くしたり、頓て首を斬るべしと言はる。何れも今日か〳〵と思へども、何の沙汰もなし、孝高は、定めて詫に出べく、其時厳しく申付け、赦すべくと思ひ居たりし所に、留守居の者、作事奉行同然に罷出、今暁首を斬り申べきや、永々縛り置き候へば、日夜番を付け、人も入り申由申ければ、孝高、大白痴を言ふもの哉、能く〳〵聞け、其盗みたる者の首を斬り、盗みたる木の切れに、彼が衣服を着せ使て見よ、人間の役をばせまじきぞ、人を殺すと言ふは容易ならざることなり、汝等は何にとも思はぬと見えたり、急いて赦し遣はせと申付られ、偖又盗まば縛り、首を斬るべきぞとしたゝかに恐がらせて盗まざる様にするこそ奉行の役なれ、何ぞやたまりて盗ませ、捕へ置て首を斬るとは申さぬぞと叱られけり。
書き下し
○下僕の中に、盜みせし者あり。頭共召捕へ、斯く〳〵の罪に候へば、御成敗仰付られ候へと申す。孝高曰く、首刎ることは入らぬことなり、早々追出せと命ず。頭共此者度々のことなれば、是非共首を御刎候へと言ふ。孝高曰く、度々盜み抔せば、盜人に生れ付たる者なるべし、急で追出すべし、先々にて盜みしなば、重ねての主に斬らせよ、第一汝等度々盜みをするを知りたらば、何にして今まで置きたるぞ、一度にても知れたることぞ、と叱られけり。又作事奉行にこけら、又木の端抔念を入れ取集め、風呂屋に渡せと申付ければ、長屋の者共盜み取候に付、少しも之なくと申す。孝高腹立し、こけら盜人を捕へ搦めよ、首を斬るべしと嚴しく申付けければ、頓てこけら盜人を搦め取りたり、其事を手柄立に申ければ、孝高内心には白癡たる仕樣とは思ひけれども、能くしたり、頓て首を斬るべしと言はる。何れも今日か〳〵と思へども、何の沙汰もなし、孝高は、定めて詫に出べく、其時嚴しく申付け、赦すべくと思ひ居たりし所に、留守居の者、作事奉行同然に罷出、今曉首を斬り申べきや、永々縛り置き候へば、日夜番を付け、人も入り申由申ければ、孝高、大白癡を言ふもの哉、能く〳〵聞け、其盜みたる者の首を斬り、盜みたる木の切れに、彼が衣服を着せ使て見よ、人間の役をばせまじきぞ、人を殺すと言ふは容易ならざることなり、汝等は何にとも思はぬと見えたり、急いて赦し遣はせと申付られ、偖又盜まば縛り、首を斬るべきぞとしたゝかに恐がらせて盜まざる樣にするこそ奉行の役なれ、何ぞやたまりて盜ませ、捕へ置て首を斬るとは申さぬぞと叱られけり。
現代語訳
下僕の中に盗みをした者がいました。頭たちが捕らえて「これこれの罪ですので、成敗を仰せ付けください」と申し出ました。孝高は「首を刎ねることはない。早々に追い出せ」と命じました。頭たちが「この者は度々のことですので、ぜひ首を刎ねてください」と言うと、孝高は「度々盗むなら、盗人に生まれついた者なのだろう。急いで追い出せ。先々でまた盗んだなら、次の主に斬らせよ。そもそもお前たちは、度々盗むのを知っていたなら、どうして今まで置いていたのだ。一度でも知れたことだぞ」と叱りました。また、作事奉行に、こけらや木の端なども念を入れて取り集め、風呂屋に渡せと申し付けたところ、長屋の者たちが盗み取りますので、少しも残りませんと言います。孝高は腹を立て「こけら盗人を捕らえて縛れ、首を斬るぞ」と厳しく申し付けたので、やがてこけら盗人を捕らえました。奉行はそれを手柄として申し上げ、孝高は内心では愚かなやり方だと思いましたが、「よくやった、やがて首を斬るぞ」と言いました。誰もが、今日か今日かと思いましたが、何の沙汰もありません。孝高は、きっと詫びに出てくるだろう、そのとき厳しく言い付けて許そうと思っていたところ、留守居の者が作事奉行と同様に出てきて「今暁、首を斬りますか。長く縛っておくと、日夜番を付けねばならず、人手も要ります」と申しました。孝高は「大馬鹿者を言うものだ、よく聞け。その盗んだ者の首を斬り、盗んだ木の切れに、その者の衣服を着せて使ってみよ。人間の役はしないぞ。人を殺すということは容易ならぬことだ。お前たちは何とも思わぬと見える。急いで赦してやれ」と申し付け、さらに「もう一度盗んだら縛り、首を斬るぞとしっかり恐がらせて、盗まないようにするのが奉行の役だ。どうして盗みをためておいて、捕らえて置き、首を斬るなどと言うのか」と叱った、ということです。
解説

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