名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 始末と惜しまぬ心
○長政、戰ふ毎に先鋒に出て指麾す、人皆危きことなりと言ふ。孝高聞て、長政は先手に出て指麾するが善し、左なくば軍に負くべし、我如く旗本に在ては、とても長政分にては叶ふ間敷と言はれけり。 ○孝高、瓜のある時分、家中及び、町人杯より多分獻じたるを、小性伽坊主抔の相詰め居たる者を召呼び、食はせける。皮を剝く者に、厚く剝かせし故、いとゞ小き瓜を厚く剝きては食ふ所少くなり申べくとありければ、否一つ二つにて足らずば、幾つも食すべし、偖其皮を長持の蓋に入れさせ、臺所賄人を呼出し、あれなる瓜の皮を鹽漬にせよ、臺所にて飯を食ふに菜の無き者多し、其等の菜にさせよ、總じて、茄子以下の皮、其外野菜の切はづし、魚の骨、少しも捨てず、夫々に拵へ、菜の無き者に食はせよと言はるゝに依り、不斷其仕合なれば、鹽汁計りの者共も、栗も有りけるとぞ。濕時分なれば、折紙、箱包の革籠、百重張細工人には、申付けず、大小性、兒小性、馬廻、何れにも張らせ、反古を食ひ裂き口中に溜りたる板に吸付させ、坊主共に申付け、少しも散らぬ様に取集め、白土の寸莎にさせたり、何にても廢ることを嫌ひ、平生は何にとも言ふに言はれぬ細かに吝く墨きこと世にも稀なるべしと思ふ人なり。○公儀の事か、下々に物を取らする時は、少しも惜まず、銀十枚取らせよと言はるゝ時、殊の外過ぎ申べく、三枚か、五枚にて然るべきと申せば、否々我常に儉約をするは、取らせ度者に思ふさま取らせ遣し度爲めなり、使ふ間敷ならば、金にてはなく、貯へ置ては詮なしとて、諸人の思寄より大分與へられけり。食ひ裂き紙を白土の寸莎にせずとも、事闕かぬは、能く知れけれども、少しの物も廢り費にならぬ様に、常に始末をして、用立つことは、惜まず遣ひたるが能きと、家中の者共に能く知らせ度思ひ、不断箇様に致されけり。家中の者共、武具、馬具不似合に奇麗に支度し、何時乘出しても、人にも事を闕かず、借金のある者は之なく、貯へのある者は多かりけるとぞ。
新字:○長政、戦ふ毎に先鋒に出て指麾す、人皆危きことなりと言ふ。孝高聞て、長政は先手に出て指麾するが善し、左なくば軍に負くべし、我如く旗本に在ては、とても長政分にては叶ふ間敷と言はれけり。 ○孝高、瓜のある時分、家中及び、町人杯より多分献じたるを、小性伽坊主抔の相詰め居たる者を召呼び、食はせける。皮を剥く者に、厚く剥かせし故、いとゞ小き瓜を厚く剥きては食ふ所少くなり申べくとありければ、否一つ二つにて足らずば、幾つも食すべし、偖其皮を長持の蓋に入れさせ、台所賄人を呼出し、あれなる瓜の皮を塩漬にせよ、台所にて飯を食ふに菜の無き者多し、其等の菜にさせよ、総じて、茄子以下の皮、其外野菜の切はづし、魚の骨、少しも捨てず、夫々に拵へ、菜の無き者に食はせよと言はるゝに依り、不断其仕合なれば、塩汁計りの者共も、栗も有りけるとぞ。湿時分なれば、折紙、箱包の革籠、百重張細工人には、申付けず、大小性、児小性、馬廻、何れにも張らせ、反古を食ひ裂き口中に溜りたる板に吸付させ、坊主共に申付け、少しも散らぬ様に取集め、白土の寸莎にさせたり、何にても廃ることを嫌ひ、平生は何にとも言ふに言はれぬ細かに吝く墨きこと世にも稀なるべしと思ふ人なり。○公儀の事か、下々に物を取らする時は、少しも惜まず、銀十枚取らせよと言はるゝ時、殊の外過ぎ申べく、三枚か、五枚にて然るべきと申せば、否々我常に倹約をするは、取らせ度者に思ふさま取らせ遣し度為めなり、使ふ間敷ならば、金にてはなく、貯へ置ては詮なしとて、諸人の思寄より大分与へられけり。食ひ裂き紙を白土の寸莎にせずとも、事闕かぬは、能く知れけれども、少しの物も廃り費にならぬ様に、常に始末をして、用立つことは、惜まず遣ひたるが能きと、家中の者共に能く知らせ度思ひ、不断箇様に致されけり。家中の者共、武具、馬具不似合に奇麗に支度し、何時乗出しても、人にも事を闕かず、借金のある者は之なく、貯へのある者は多かりけるとぞ。
書き下し
○長政、戰ふ毎に先鋒に出て指麾す、人皆危きことなりと言ふ。孝高聞て、長政は先手に出て指麾するが善し、左なくば軍に負くべし、我如く旗本に在ては、とても長政分にては叶ふ間敷と言はれけり。 ○孝高、瓜のある時分、家中及び、町人杯より多分獻じたるを、小性伽坊主抔の相詰め居たる者を召呼び、食はせける。皮を剝く者に、厚く剝かせし故、いとゞ小き瓜を厚く剝きては食ふ所少くなり申べくとありければ、否一つ二つにて足らずば、幾つも食すべし、偖其皮を長持の蓋に入れさせ、臺所賄人を呼出し、あれなる瓜の皮を鹽漬にせよ、臺所にて飯を食ふに菜の無き者多し、其等の菜にさせよ、總じて、茄子以下の皮、其外野菜の切はづし、魚の骨、少しも捨てず、夫々に拵へ、菜の無き者に食はせよと言はるゝに依り、不斷其仕合なれば、鹽汁計りの者共も、栗も有りけるとぞ。濕時分なれば、折紙、箱包の革籠、百重張細工人には、申付けず、大小性、兒小性、馬廻、何れにも張らせ、反古を食ひ裂き口中に溜りたる板に吸付させ、坊主共に申付け、少しも散らぬ様に取集め、白土の寸莎にさせたり、何にても廢ることを嫌ひ、平生は何にとも言ふに言はれぬ細かに吝く墨きこと世にも稀なるべしと思ふ人なり。○公儀の事か、下々に物を取らする時は、少しも惜まず、銀十枚取らせよと言はるゝ時、殊の外過ぎ申べく、三枚か、五枚にて然るべきと申せば、否々我常に儉約をするは、取らせ度者に思ふさま取らせ遣し度爲めなり、使ふ間敷ならば、金にてはなく、貯へ置ては詮なしとて、諸人の思寄より大分與へられけり。食ひ裂き紙を白土の寸莎にせずとも、事闕かぬは、能く知れけれども、少しの物も廢り費にならぬ様に、常に始末をして、用立つことは、惜まず遣ひたるが能きと、家中の者共に能く知らせ度思ひ、不断箇様に致されけり。家中の者共、武具、馬具不似合に奇麗に支度し、何時乘出しても、人にも事を闕かず、借金のある者は之なく、貯へのある者は多かりけるとぞ。
現代語訳
長政が、戦うたびに先鋒に出て指揮するので、人は皆、危ないことだと言いました。孝高は聞いて、長政は先手に出て指揮するのがよい、そうでなければ戦に負けるだろう、私のように旗本にいては、とても長政ほどの力量ではかなわないと言いました。 孝高が、瓜のある時分に、家中や町人などから大量に献上されたので、小姓や伽の坊主など詰めている者を呼んで食べさせました。皮をむく者に厚くむかせたので、ただでさえ小さい瓜を厚くむいては食べる所が少なくなります、と言うと、いや一つ二つで足りなければいくつでも食べよ、さてその皮を長持の蓋に入れさせ、台所の賄人を呼び出し、あの瓜の皮を塩漬にせよ、台所で飯を食うのに菜のない者が多い、その者たちの菜にせよ、総じて茄子以下の皮、そのほか野菜の切り外し、魚の骨も少しも捨てず、それぞれに調理して、菜のない者に食べさせよと言いつけたので、常日ごろそのようであり、塩汁ばかりの者たちにも、菜があったということです。湿気の多い時分なので、折り紙や箱包みの皮籠、百重張りの細工は職人に申し付けず、大小姓、児小姓、馬廻り、誰にでも張らせ、反古を食い裂き、口の中に溜まったものを板に吸い付けさせ、坊主たちに申し付けて、少しも散らぬように取り集め、白土の寸莎にさせました。何にしても廃ることを嫌い、平生は何とも言いようもなく細かく吝嗇で、世にも稀なほどの人と思われました。公儀のことか、下々に物を取らせる時は、少しも惜しまず、銀十枚取らせよと言うと、ひどく多過ぎます、三枚か五枚でよろしいと申せば、いやいや私が常に倹約をするのは、取らせたい者に思う存分取らせたいためだ、使わぬなら、金ではなく、貯えておいても意味がないと言って、人の思いよりも多く与えました。紙を食い裂いて白土の寸莎にせずとも、事欠かないのはよく知っているが、少しの物も廃り費えにならぬように、常に始末をして、役に立つことは惜しまず使うのがよいと、家中の者によく知らせたい思いから、不断このようにしました。家中の者は、武具、馬具を不似合いに奇麗に支度し、いつ乗り出しても、人にも事を欠かず、借金のある者はなく、貯えのある者は多かったということです。
解説

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