名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 博奕の朝の取りなし
○孝高、聚樂に出頭せし時なり、家中に博奕を嚴しく禁ぜり。或夜桂菊右衞門と曰ふ者、他家へ忍行き、博奕し、思ふ様に勝て、金銀、刀、脇差を始め、餘多取り、羽織に包みて歸りけるが、途中にて夜も明けければ、孝高、出仕の路なり、行逢ひては惡しかりなんと、只もの急ぎけり。萬一見咎められなば、博奕打には參らずと言ふべしと思ひ、先も見ず急ぎける所に、曲り角にてひたと行逢ふ。菊右衞門、大に驚き、拜伏し、某儀博奕打には參り申さずと、如何にも高々と申ければ、孝高聞かぬ體にて過ぎられけり。偖菊右衞門は取亂せしことを口惜きことに思ひ、定めて切腹申付らるべくと覺悟を究め、家に歸て塞ぎ居たり。傍輩共も、定めて切腹申付らるべしと笑止に思ひ何れも見舞に來り居りし時に、孝高より、其傍輩共に何れも用ある由申來れり。何れもすはこそ切腹を申付らるゝことゝ思ひ出たりければ、左はなくて居間の庭に竹にて垣を結び候樣申付らる。菊右衞門は今や〳〵と待居たりしが、一人走來り、彼の事にてなし、垣を結ふことなりと言ければ、菊右衞門を始め、殘り居たりし者共、何れも一と先づ安堵しけり。菊右衞門曰く、何れも出る所に、一人引籠り居ては、却て惡しかるべしとありて、是も出ければ、孝高見て、菊右衞門を高らかに呼寄せ、何事か囁れけり。人々何事やらんと思ひ居たりしが、其内垣も出來ければ、孝高喜び、上々の出來なり、皆々草臥れたるらん、歸て休めと言はれけり。
新字:○孝高、聚楽に出頭せし時なり、家中に博奕を厳しく禁ぜり。或夜桂菊右衛門と曰ふ者、他家へ忍行き、博奕し、思ふ様に勝て、金銀、刀、脇差を始め、余多取り、羽織に包みて帰りけるが、途中にて夜も明けければ、孝高、出仕の路なり、行逢ひては悪しかりなんと、只もの急ぎけり。万一見咎められなば、博奕打には参らずと言ふべしと思ひ、先も見ず急ぎける所に、曲り角にてひたと行逢ふ。菊右衛門、大に驚き、拝伏し、某儀博奕打には参り申さずと、如何にも高々と申ければ、孝高聞かぬ体にて過ぎられけり。偖菊右衛門は取乱せしことを口惜きことに思ひ、定めて切腹申付らるべくと覚悟を究め、家に帰て塞ぎ居たり。傍輩共も、定めて切腹申付らるべしと笑止に思ひ何れも見舞に来り居りし時に、孝高より、其傍輩共に何れも用ある由申来れり。何れもすはこそ切腹を申付らるゝことゝ思ひ出たりければ、左はなくて居間の庭に竹にて垣を結び候様申付らる。菊右衛門は今や〳〵と待居たりしが、一人走来り、彼の事にてなし、垣を結ふことなりと言ければ、菊右衛門を始め、残り居たりし者共、何れも一と先づ安堵しけり。菊右衛門曰く、何れも出る所に、一人引籠り居ては、却て悪しかるべしとありて、是も出ければ、孝高見て、菊右衛門を高らかに呼寄せ、何事か囁れけり。人々何事やらんと思ひ居たりしが、其内垣も出来ければ、孝高喜び、上々の出来なり、皆々草臥れたるらん、帰て休めと言はれけり。
書き下し
○孝高、聚樂に出頭せし時なり、家中に博奕を嚴しく禁ぜり。或夜桂菊右衞門と曰ふ者、他家へ忍行き、博奕し、思ふ様に勝て、金銀、刀、脇差を始め、餘多取り、羽織に包みて歸りけるが、途中にて夜も明けければ、孝高、出仕の路なり、行逢ひては惡しかりなんと、只もの急ぎけり。萬一見咎められなば、博奕打には參らずと言ふべしと思ひ、先も見ず急ぎける所に、曲り角にてひたと行逢ふ。菊右衞門、大に驚き、拜伏し、某儀博奕打には參り申さずと、如何にも高々と申ければ、孝高聞かぬ體にて過ぎられけり。偖菊右衞門は取亂せしことを口惜きことに思ひ、定めて切腹申付らるべくと覺悟を究め、家に歸て塞ぎ居たり。傍輩共も、定めて切腹申付らるべしと笑止に思ひ何れも見舞に來り居りし時に、孝高より、其傍輩共に何れも用ある由申來れり。何れもすはこそ切腹を申付らるゝことゝ思ひ出たりければ、左はなくて居間の庭に竹にて垣を結び候樣申付らる。菊右衞門は今や〳〵と待居たりしが、一人走來り、彼の事にてなし、垣を結ふことなりと言ければ、菊右衞門を始め、殘り居たりし者共、何れも一と先づ安堵しけり。菊右衞門曰く、何れも出る所に、一人引籠り居ては、却て惡しかるべしとありて、是も出ければ、孝高見て、菊右衞門を高らかに呼寄せ、何事か囁れけり。人々何事やらんと思ひ居たりしが、其内垣も出來ければ、孝高喜び、上々の出來なり、皆々草臥れたるらん、歸て休めと言はれけり。
現代語訳
孝高が聚楽に出仕していたときのことです。家中では博奕を厳しく禁じていました。ある夜、桂菊右衛門という者が他家へ忍んで行き、博奕をして思うように勝ち、金銀や刀、脇差をはじめ多くを取り、羽織に包んで帰りましたが、途中で夜が明けました。孝高が出仕する道なので、出会ってはまずいと、ただ急いでいました。もし見とがめられたら「博奕には行っておりません」と言おうと思い、先も見ずに急ぐうちに、曲がり角でばったり行き会いました。菊右衛門は大いに驚き、平伏して「私は博奕打ちには参っておりません」とひどく高らかに申しました。孝高は聞こえないふりで通り過ぎました。さて菊右衛門は取り乱したことが悔しく、きっと切腹を申し付けられると覚悟を決め、家に帰ってふさぎ込んでいました。同僚たちも、きっと切腹を申し付けられるだろうと気の毒に思って見舞いに来ていたとき、孝高から、その同僚たちに用があると知らせが来ました。皆、さては切腹の申し付けかと思って出てみると、そうではなく、居間の庭に竹で垣を結うよう命じられました。菊右衛門は今か今かと待っていましたが、一人が走ってきて「あの件ではない、垣を結うことだ」と言ったので、菊右衛門をはじめ残っていた者も、ひとまず安堵しました。菊右衛門が「皆が出ているのに、一人だけ引きこもっていては、かえって悪いだろう」と言って、自分も出て行くと、孝高はそれを見て、菊右衛門を高らかに呼び寄せ、何事かささやかれました。人々は何事だろうと思っていましたが、そのうちに垣もできあがり、孝高は喜び、「上々の出来だ。皆、疲れただろう。帰って休め」と言われました。
解説

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