名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 古物を安く払う理由
○孝高、古き物、手道具に至るまで兎角麁末なる物を用ひ、諸品ともに久しくは持たず、近習の者に、羽織等百五十文、二百文、足袋も相應に拂下ぐ、伽衆僅かの錢に御拂遊ばされずとも拜領仰付られ候はんにと申ければ、笑て、人が物を貰ひたると、自分に買ひたると、何れが嬉しきやと問ふ。何れも口を揃へ、人より貰ひたるも結構なりと申候へ共、自分に買ひたる樣には候はずと申ければ、夫れなり、貰ひし者は喜ぶべし、貰はぬ者は恨むべし、誰にやり、誰にやらずして善かるべきや、去ればとて、功もなき者にむざと與れなば、功ある者に賞を與ふ時、其詮なかるべし、故に古き物を呉れたく思ふ故、安く拂ふなり、汝等は少しの錢を出して買ふが徳なりと言はれ、或時近習に皮の足袋を五文に拂ひ、是を水にて能く洗ひ、なほ干仕たる時、酒をふり、足にはめて干すべしと、委しく傳授せられける。一兩日して之をはき出けるを、夫は此間の足袋かと尋ねに付、左樣に御座候、御傳授の通、洗濯仕候と申に、偖々立派に出來たり。惜敷こと致したり、返し呉れよとあれば、畏り奉り候、然し酒代も入り、大分隙も掛り候間、大分高直に相成候間、一向新しく御買上遊ばさるべくと申しゝかば、尤もなり、去らば、よしに致さんと言はれけり。
新字:○孝高、古き物、手道具に至るまで兎角麁末なる物を用ひ、諸品ともに久しくは持たず、近習の者に、羽織等百五十文、二百文、足袋も相応に払下ぐ、伽衆僅かの銭に御払遊ばされずとも拝領仰付られ候はんにと申ければ、笑て、人が物を貰ひたると、自分に買ひたると、何れが嬉しきやと問ふ。何れも口を揃へ、人より貰ひたるも結構なりと申候へ共、自分に買ひたる様には候はずと申ければ、夫れなり、貰ひし者は喜ぶべし、貰はぬ者は恨むべし、誰にやり、誰にやらずして善かるべきや、去ればとて、功もなき者にむざと与れなば、功ある者に賞を与ふ時、其詮なかるべし、故に古き物を呉れたく思ふ故、安く払ふなり、汝等は少しの銭を出して買ふが徳なりと言はれ、或時近習に皮の足袋を五文に払ひ、是を水にて能く洗ひ、なほ干仕たる時、酒をふり、足にはめて干すべしと、委しく伝授せられける。一両日して之をはき出けるを、夫は此間の足袋かと尋ねに付、左様に御座候、御伝授の通、洗濯仕候と申に、偖々立派に出来たり。惜敷こと致したり、返し呉れよとあれば、畏り奉り候、然し酒代も入り、大分隙も掛り候間、大分高直に相成候間、一向新しく御買上遊ばさるべくと申しゝかば、尤もなり、去らば、よしに致さんと言はれけり。
書き下し
○孝高、古き物、手道具に至るまで兎角麁末なる物を用ひ、諸品ともに久しくは持たず、近習の者に、羽織等百五十文、二百文、足袋も相應に拂下ぐ、伽衆僅かの錢に御拂遊ばされずとも拜領仰付られ候はんにと申ければ、笑て、人が物を貰ひたると、自分に買ひたると、何れが嬉しきやと問ふ。何れも口を揃へ、人より貰ひたるも結構なりと申候へ共、自分に買ひたる樣には候はずと申ければ、夫れなり、貰ひし者は喜ぶべし、貰はぬ者は恨むべし、誰にやり、誰にやらずして善かるべきや、去ればとて、功もなき者にむざと與れなば、功ある者に賞を與ふ時、其詮なかるべし、故に古き物を呉れたく思ふ故、安く拂ふなり、汝等は少しの錢を出して買ふが徳なりと言はれ、或時近習に皮の足袋を五文に拂ひ、是を水にて能く洗ひ、なほ干仕たる時、酒をふり、足にはめて干すべしと、委しく傳授せられける。一兩日して之をはき出けるを、夫は此間の足袋かと尋ねに付、左樣に御座候、御傳授の通、洗濯仕候と申に、偖々立派に出來たり。惜敷こと致したり、返し呉れよとあれば、畏り奉り候、然し酒代も入り、大分隙も掛り候間、大分高直に相成候間、一向新しく御買上遊ばさるべくと申しゝかば、尤もなり、去らば、よしに致さんと言はれけり。
現代語訳
孝高は、古い物や手回りの道具に至るまで、とにかく粗末な物を使い、どの品も長くは持たず、近習の者に、羽織などを百五十文、二百文、足袋もそれ相応の値で払い下げました。伽衆が「わずかな銭で払い下げなさらずとも、そのままお与えになればよいでしょうに」と言うと、孝高は笑って「人から物をもらうのと、自分で買うのとでは、どちらが嬉しいか」と尋ねました。皆が口をそろえて「人からいただくのもありがたいことですが、自分で買った気分にはなりません」と答えると、「それだ。もらった者は喜ぶだろうが、もらわなかった者は恨む。誰にやり、誰にやらなければよいのか。かといって、功のない者にむやみに与えれば、功のある者に賞を与えるとき、その甲斐がなくなる。だから古い物をやりたいと思い、安く払うのだ。お前たちは少しの銭を出して買うほうが得なのだ」と言われました。あるとき近習に皮の足袋を五文で払い下げ、「これを水でよく洗い、干したら、酒を振って、足にはめて干すとよい」と詳しく伝授しました。一、二日して、その足袋をはいて出てきたので、「それはこの間の足袋か」と尋ねると、「さようでございます。ご伝授のとおり洗濯しました」と言います。「いやはや立派に仕上がった。惜しいことをした、返してくれ」と言うと、「かしこまりました。ただ、酒代もかかり、手間も大分かかりましたので、値がだいぶ高くなりました。いっそ新しいものをお買い上げください」と申しました。「もっともだ。ならば、やめにしよう」と言われた、ということです。
解説

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