名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 昼盗人と精勤の褒美
○伊藤次郎兵衞と曰ふ者、謹信に奉公綏怠なく勤めし故、孝高二百石與へたり、次郎兵衞益々精勤して怠らず、或日孝高見て、汝氣色惡しきかと問ふ。否左樣には之なくと申す。近臣の者も皆無病の由を申す。孝高曰く、痩せて見苦敷見ゆるなり、飯米の足らずに依り、飢て痩せたるか、飯米を取らすべしとて、自筆に手形を書き、是にて飯を炊かせ、食度程食へと投げられたり。次郎兵衞啓き、次の間にて見れば、五十石の手形なり。次郎兵衞大に驚く。偖程歴て、無奉公の者ありければ、其頭を呼び、白癡め、晝盜みの仕樣を知らぬぞ、自今以後は心掛け、晝盜みをせよと異見致し候へと申聞けらる。律義に奉公せよと仰らるべきに、晝盜みせよとは、異見仕り難く、餘りに不思議なることを仰出されしと申ければ、孝高合點行かぬか、晝盜みの仕樣に譯あり、先づ分別して見よ、次郎兵衞めは五箇年も召使ひ、八十三石取らせ置きしが、不足にも思はず日夜精勤せり。依て二百石與へしが、益々精勤して少しも怠らず、依て褒美をと思へども、是と云ふ潮もなければ、飯米に托し五十石を遣はせり。彼長ずる所なければ、我等に於て是と云ふ益はなけれども、一心不亂に、日夜朝暮に心を盡し、奉公致度と思ふ志に感じて與へたりしが、猶も與へ度思ひ、少しも惜き心なし、思案して見れば、偖も〳〵如水、隨分ぬかる間敷と自慢して居ながら、晝盜に逢ひたると同じことなりと、心笑しく思ふなり、何れも此類の盜をせぬは、其者の誤なり、次郎兵衞に限らず、我等所に晝盜人は何人もあり、能く氣を付けて見よと言て笑はれけり。
新字:○伊藤次郎兵衛と曰ふ者、謹信に奉公綏怠なく勤めし故、孝高二百石与へたり、次郎兵衛益々精勤して怠らず、或日孝高見て、汝気色悪しきかと問ふ。否左様には之なくと申す。近臣の者も皆無病の由を申す。孝高曰く、痩せて見苦敷見ゆるなり、飯米の足らずに依り、飢て痩せたるか、飯米を取らすべしとて、自筆に手形を書き、是にて飯を炊かせ、食度程食へと投げられたり。次郎兵衛啓き、次の間にて見れば、五十石の手形なり。次郎兵衛大に驚く。偖程歴て、無奉公の者ありければ、其頭を呼び、白痴め、昼盗みの仕様を知らぬぞ、自今以後は心掛け、昼盗みをせよと異見致し候へと申聞けらる。律義に奉公せよと仰らるべきに、昼盗みせよとは、異見仕り難く、余りに不思議なることを仰出されしと申ければ、孝高合点行かぬか、昼盗みの仕様に訳あり、先づ分別して見よ、次郎兵衛めは五箇年も召使ひ、八十三石取らせ置きしが、不足にも思はず日夜精勤せり。依て二百石与へしが、益々精勤して少しも怠らず、依て褒美をと思へども、是と云ふ潮もなければ、飯米に托し五十石を遣はせり。彼長ずる所なければ、我等に於て是と云ふ益はなけれども、一心不乱に、日夜朝暮に心を尽し、奉公致度と思ふ志に感じて与へたりしが、猶も与へ度思ひ、少しも惜き心なし、思案して見れば、偖も〳〵如水、随分ぬかる間敷と自慢して居ながら、昼盗に逢ひたると同じことなりと、心笑しく思ふなり、何れも此類の盗をせぬは、其者の誤なり、次郎兵衛に限らず、我等所に昼盗人は何人もあり、能く気を付けて見よと言て笑はれけり。
書き下し
○伊藤次郎兵衞と曰ふ者、謹信に奉公綏怠なく勤めし故、孝高二百石與へたり、次郎兵衞益々精勤して怠らず、或日孝高見て、汝氣色惡しきかと問ふ。否左樣には之なくと申す。近臣の者も皆無病の由を申す。孝高曰く、痩せて見苦敷見ゆるなり、飯米の足らずに依り、飢て痩せたるか、飯米を取らすべしとて、自筆に手形を書き、是にて飯を炊かせ、食度程食へと投げられたり。次郎兵衞啓き、次の間にて見れば、五十石の手形なり。次郎兵衞大に驚く。偖程歴て、無奉公の者ありければ、其頭を呼び、白癡め、晝盜みの仕樣を知らぬぞ、自今以後は心掛け、晝盜みをせよと異見致し候へと申聞けらる。律義に奉公せよと仰らるべきに、晝盜みせよとは、異見仕り難く、餘りに不思議なることを仰出されしと申ければ、孝高合點行かぬか、晝盜みの仕樣に譯あり、先づ分別して見よ、次郎兵衞めは五箇年も召使ひ、八十三石取らせ置きしが、不足にも思はず日夜精勤せり。依て二百石與へしが、益々精勤して少しも怠らず、依て褒美をと思へども、是と云ふ潮もなければ、飯米に托し五十石を遣はせり。彼長ずる所なければ、我等に於て是と云ふ益はなけれども、一心不亂に、日夜朝暮に心を盡し、奉公致度と思ふ志に感じて與へたりしが、猶も與へ度思ひ、少しも惜き心なし、思案して見れば、偖も〳〵如水、隨分ぬかる間敷と自慢して居ながら、晝盜に逢ひたると同じことなりと、心笑しく思ふなり、何れも此類の盜をせぬは、其者の誤なり、次郎兵衞に限らず、我等所に晝盜人は何人もあり、能く氣を付けて見よと言て笑はれけり。
現代語訳
伊藤次郎兵衛という者が、謙信に仕えて怠りなく勤めていたので、孝高は二百石を与えました。次郎兵衛はますます精勤して怠りません。ある日、孝高は見て「お前は顔色が悪いのか」と尋ねました。「いいえ、そんなことはございません」と言い、近臣の者も皆、無病だと申します。孝高は「痩せて見苦しく見えるのだ。飯米が足りなくて飢えて痩せたのか。飯米を取らせよう」と言って、自筆で手形を書き、「これで飯を炊かせ、食べたいだけ食え」と投げ渡しました。次郎兵衛が開いて、次の間で見ると、五十石の手形でした。次郎兵衛は大いに驚きました。さてしばらくして、奉公に身の入らぬ者がいたので、その頭を呼び、「愚か者め、昼盗みのやり方を知らぬのだ。今後は心掛けて、昼盗みをせよと意見してやれ」と申し聞かせました。頭が「律義に奉公せよと仰せられるべきなのに、昼盗みをせよとは、意見いたしかねます。あまりに不思議なことを仰せです」と言うと、孝高は「合点がいかぬか。昼盗みには訳がある。まず考えてみよ。次郎兵衛は五年も召し使い、八十三石を取らせておいたが、不足にも思わず日夜精勤した。それで二百石を与えたが、ますます精勤して少しも怠らない。そこで褒美をと思ったが、これという機会もないので、飯米に託して五十石を遣わした。彼に際立った長所はなく、我らにこれという益もないが、一心不乱に日夜朝暮に心を尽くして奉公したいと思う志に感じて与えたのだ。なお与えたく思い、少しも惜しい気がしない。思案してみると、いやはや如水も、ぬかりはあるまいと自慢していながら、昼盗みに遭ったのと同じことだと、心中おかしく思う。この類いの盗みをしないのは、その者の誤りだ。次郎兵衛に限らず、我らのところに昼盗人は何人もいる。よく気を付けて見よ」と言って笑われた、ということです。
解説

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