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名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 法度と慈悲の使い分け

何れも庭を出るを遲しと、何事をか囁かれたると尋ねければ、菊右衞門曰く、彼事なり、汝博奕打に何方へ行きたるぞと問ひ給ふ間、誰々の家に參りたりと申しければ、勝たると見えたり、如何程勝ちたると問ひ給ふ故、一貫目餘も之あるべく候へ共、今朝より心配仕り、金銀も入らぬものと存じ、何れも捨置きし程に、何程之ありしや存じ申さず候と申ければ、手を拍ち、偖は勝たぞ、偖金は入らぬと思ふも理りなり、法度嚴しく申付けたれば、近比浮雲きことなり、今朝の樣なる白癡を盡すも、法度を恐敷思ふ故なり、夫程に思はゞ、自今以後諸事に付、法度を背くな、惣別物毎に、善事の次には惡き事はあるものぞ、勝ちたる時は、聢と止めよ、汝が身代にては、事々敷勝なり、此度は免せども、此後摺切たると聞きたらば、曲事に申付べきぞ、必ず博奕を打つな、又無益の物を買ふな、摺切らぬ様にせよと宣ひたりと言ひ、大に感激して、夫より行を改めければ、加増抔を賜はり、一生安樂に暮せしとぞ。 孝高、斯く慈悲深かりし故、侍に出奔せし者もなく、又追掛けられたる者もなく、切腹したる者もなし。自然仕損ぜし時は、押込め、親類縁者共に預け、又縁なき者は、年寄共の富貴なるに預け、飢死なぬ様に、尤もくつろがぬ様に、擬作置候へと申付け、遲速は品に依り、頓て呼出し、相替らず懇に召使へり、叱り度思ふ時は、思ふ程叱り、其座にて小用を申付らる故、奉公の仕善きこと、他主にはなかりしとぞ。

新字:何れも庭を出るを遅しと、何事をか囁かれたると尋ねければ、菊右衛門曰く、彼事なり、汝博奕打に何方へ行きたるぞと問ひ給ふ間、誰々の家に参りたりと申しければ、勝たると見えたり、如何程勝ちたると問ひ給ふ故、一貫目余も之あるべく候へ共、今朝より心配仕り、金銀も入らぬものと存じ、何れも捨置きし程に、何程之ありしや存じ申さず候と申ければ、手を拍ち、偖は勝たぞ、偖金は入らぬと思ふも理りなり、法度厳しく申付けたれば、近比浮雲きことなり、今朝の様なる白痴を尽すも、法度を恐敷思ふ故なり、夫程に思はゞ、自今以後諸事に付、法度を背くな、惣別物毎に、善事の次には悪き事はあるものぞ、勝ちたる時は、聢と止めよ、汝が身代にては、事々敷勝なり、此度は免せども、此後摺切たると聞きたらば、曲事に申付べきぞ、必ず博奕を打つな、又無益の物を買ふな、摺切らぬ様にせよと宣ひたりと言ひ、大に感激して、夫より行を改めければ、加増抔を賜はり、一生安楽に暮せしとぞ。 孝高、斯く慈悲深かりし故、侍に出奔せし者もなく、又追掛けられたる者もなく、切腹したる者もなし。自然仕損ぜし時は、押込め、親類縁者共に預け、又縁なき者は、年寄共の富貴なるに預け、飢死なぬ様に、尤もくつろがぬ様に、擬作置候へと申付け、遅速は品に依り、頓て呼出し、相替らず懇に召使へり、叱り度思ふ時は、思ふ程叱り、其座にて小用を申付らる故、奉公の仕善きこと、他主にはなかりしとぞ。

書き下し

何れも庭を出るを遲しと、何事をか囁かれたると尋ねければ、菊右衞門曰く、彼事なり、汝博奕打に何方へ行きたるぞと問ひ給ふ間、誰々の家に參りたりと申しければ、勝たると見えたり、如何程勝ちたると問ひ給ふ故、一貫目餘も之あるべく候へ共、今朝より心配仕り、金銀も入らぬものと存じ、何れも捨置きし程に、何程之ありしや存じ申さず候と申ければ、手を拍ち、偖は勝たぞ、偖金は入らぬと思ふも理りなり、法度嚴しく申付けたれば、近比浮雲きことなり、今朝の樣なる白癡を盡すも、法度を恐敷思ふ故なり、夫程に思はゞ、自今以後諸事に付、法度を背くな、惣別物毎に、善事の次には惡き事はあるものぞ、勝ちたる時は、聢と止めよ、汝が身代にては、事々敷勝なり、此度は免せども、此後摺切たると聞きたらば、曲事に申付べきぞ、必ず博奕を打つな、又無益の物を買ふな、摺切らぬ様にせよと宣ひたりと言ひ、大に感激して、夫より行を改めければ、加増抔を賜はり、一生安樂に暮せしとぞ。 孝高、斯く慈悲深かりし故、侍に出奔せし者もなく、又追掛けられたる者もなく、切腹したる者もなし。自然仕損ぜし時は、押込め、親類縁者共に預け、又縁なき者は、年寄共の富貴なるに預け、飢死なぬ様に、尤もくつろがぬ様に、擬作置候へと申付け、遲速は品に依り、頓て呼出し、相替らず懇に召使へり、叱り度思ふ時は、思ふ程叱り、其座にて小用を申付らる故、奉公の仕善きこと、他主にはなかりしとぞ。

現代語訳

一同は庭を出るのを待ちかねて、「何事をささやかれたのか」と尋ねました。菊右衛門は「あの件だ。お前は博奕打ちにどこへ行ったのかと問われるので、誰々の家に参りましたと申したところ、勝ったと見える、どれほど勝ったのかと尋ねられた。そこで、一貫目余りもあったでしょうが、今朝から心配で、金銀は要らぬものと思い、そのまま捨て置いたので、どれほどあったかも存じません、と申した」と言いました。孝高は手を打って、「さては勝ったのだな。金は要らぬと思うのも道理だ。法度を厳しく申し付けたのに、近ごろ浮ついたことだ。今朝のような愚かなふるまいをするのも、法度を恐ろしく思っているからだ。それほど思うなら、今後は何事につけても法度に背くな。総じて物事は、善いことの次には悪いことがあるものだ。勝ったときは、しっかり止めよ。お前の身代では、大げさな勝ちだ。今回は許すが、今後すっからかんにしたと聞いたら、咎を申し付ける。必ず博奕を打つな。また、無益な物を買うな。すっからかんにならぬようにせよ」と言われたそうです。菊右衛門は大いに感激し、それから行いを改め、加増などを賜って、一生を安楽に暮らしたということです。 孝高はこのように慈悲深かったので、侍で出奔した者もなく、追いかけられた者もなく、切腹した者もありませんでした。たまたま失敗したときは、押し込めにして親類縁者に預け、縁者のない者は年寄りで裕福な者に預け、飢え死にしないよう、しかしくつろがないように取りはからえと命じ、遅い早いは事情によりますが、やがて呼び出して、変わらず丁寧に召し使いました。叱りたいと思うときは思うまま叱り、その場で小用を言いつけたので、奉公のしやすいことは、他の主君にはなかった、ということです。

解説

前の逸話の続きで、孝高の寛大さの根にあるものが語られます。博奕に勝った金を気にしない相手を見て、孝高は、勝ったときこそ止めよ、無益な物を買うなと、罰ではなく生活の戒めとして諭します。後段は岡谷による総括で、罰は押し込めや預かりにとどめ、しばらくして呼び戻し、叱った直後に用を言いつけて関係を元に戻したとされます。失敗した部下を切り捨てず、復帰の道筋を用意する仕組みとして読めます。ただし、押し込めを科すなど当時の主従の厳しさも背景にあり、また称賛をこめた書きぶりですので、実態より美化された像である点にも注意が要ります。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

孝高法度慈悲押込め復帰叱り方

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