名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 犬死と得手不得手
○孝高曰く、世に士の犬死と云て下墨する事あり、然れども、戰場の死は犬死に成り難きものなり。犬死を恐れぬ士ならねば、見事なる武士の死は遂げ難し、身を圍みて世に艶善く思はるる者、誰彼は犬死したり、抔とは、勿體なきことなり、將たる者も、歎かれ居て、犬死と忠死と見違ひたる者多し、斯の如くならば、武運も目出度かるべからず、治世にも此覺悟肝要なりと。 ○孝高は、能く人を用ひし人なり。好士の惡行ある者は、官に擧げ、或は祿を與へ、金銀衣服等の賜物ありて、二三日にして其惡行を咎めらる、故に賞を受けても、人誇らず、罰を受けても人恨みず、是諸將に勝れたる所なりと、人皆嘉稱せり。 ○孝高、天滿の宅に、糟屋助左衞門武則、遊佐新左衞門、其外心易き衆三四人來り、四方山の物語ありしに、誰にてかありけん、孝高に向ひ、貴殿の武邊は皆人知る所ながら、未だ御直の高名は承はり申さず、何方にてもなかりしにや、と尋ねければ、孝高打笑ひ、總じて人には得手不得手のあるものなり、我等は若年より鎗の柄を取り、又は、太刀を取て、相手掛の一騎働きは不得手なり、併しながら、采幣を振て一度に敵を千も二千も討取ることは得手者に候、此儀一々申すに及ばず、御存じのことなりと言ひければ、人皆天性將器の備はりしを感ぜり。
新字:○孝高曰く、世に士の犬死と云て下墨する事あり、然れども、戦場の死は犬死に成り難きものなり。犬死を恐れぬ士ならねば、見事なる武士の死は遂げ難し、身を囲みて世に艶善く思はるる者、誰彼は犬死したり、抔とは、勿体なきことなり、将たる者も、嘆かれ居て、犬死と忠死と見違ひたる者多し、斯の如くならば、武運も目出度かるべからず、治世にも此覚悟肝要なりと。 ○孝高は、能く人を用ひし人なり。好士の悪行ある者は、官に挙げ、或は禄を与へ、金銀衣服等の賜物ありて、二三日にして其悪行を咎めらる、故に賞を受けても、人誇らず、罰を受けても人恨みず、是諸将に勝れたる所なりと、人皆嘉称せり。 ○孝高、天満の宅に、糟屋助左衛門武則、遊佐新左衛門、其外心易き衆三四人来り、四方山の物語ありしに、誰にてかありけん、孝高に向ひ、貴殿の武辺は皆人知る所ながら、未だ御直の高名は承はり申さず、何方にてもなかりしにや、と尋ねければ、孝高打笑ひ、総じて人には得手不得手のあるものなり、我等は若年より鎗の柄を取り、又は、太刀を取て、相手掛の一騎働きは不得手なり、併しながら、采幣を振て一度に敵を千も二千も討取ることは得手者に候、此儀一々申すに及ばず、御存じのことなりと言ひければ、人皆天性将器の備はりしを感ぜり。
書き下し
○孝高曰く、世に士の犬死と云て下墨する事あり、然れども、戰場の死は犬死に成り難きものなり。犬死を恐れぬ士ならねば、見事なる武士の死は遂げ難し、身を圍みて世に艶善く思はるる者、誰彼は犬死したり、抔とは、勿體なきことなり、將たる者も、歎かれ居て、犬死と忠死と見違ひたる者多し、斯の如くならば、武運も目出度かるべからず、治世にも此覺悟肝要なりと。 ○孝高は、能く人を用ひし人なり。好士の惡行ある者は、官に擧げ、或は祿を與へ、金銀衣服等の賜物ありて、二三日にして其惡行を咎めらる、故に賞を受けても、人誇らず、罰を受けても人恨みず、是諸將に勝れたる所なりと、人皆嘉稱せり。 ○孝高、天滿の宅に、糟屋助左衞門武則、遊佐新左衞門、其外心易き衆三四人來り、四方山の物語ありしに、誰にてかありけん、孝高に向ひ、貴殿の武邊は皆人知る所ながら、未だ御直の高名は承はり申さず、何方にてもなかりしにや、と尋ねければ、孝高打笑ひ、總じて人には得手不得手のあるものなり、我等は若年より鎗の柄を取り、又は、太刀を取て、相手掛の一騎働きは不得手なり、併しながら、采幣を振て一度に敵を千も二千も討取ることは得手者に候、此儀一々申すに及ばず、御存じのことなりと言ひければ、人皆天性將器の備はりしを感ぜり。
現代語訳
孝高が言いました。世に、士の犬死といって評判をけなすことがあるが、戦場の死は犬死にはなりにくいものだ。犬死を恐れない士でなければ、見事な武士の死は遂げがたい。身を囲んで世によく思われようとする者の誰それは犬死にした、などと言うのは、もったいないことだ。将たる者も、嘆き合って、犬死と忠死を見違える者が多い。このようでは、武運もめでたくないだろう。治世にもこの覚悟が肝要だ、と。 孝高は、よく人を用いた人でした。優れた士で悪行のある者は、官に挙げ、あるいは禄を与え、金銀や衣服などの賜り物をして、二、三日して、その悪行を咎めました。そのため、賞を受けても人は誇らず、罰を受けても人は恨まない、これは諸将にまさる点であると、人は皆ほめました。 孝高が天満の宅にいたとき、糟屋助左衛門武則、遊佐新左衛門、そのほか親しい人々が三、四人来て、よもやま話をしました。誰であったか、孝高に向かって、あなたの武勇は皆人の知るところですが、直々の高名はまだ承っておりません、どこでもなかったのでしょうかと尋ねました。孝高は笑って、総じて人には得手不得手がある、私は若年から鎗の柄を取り、あるいは太刀を取って、相手に掛かる一騎働きは不得手である。しかし、采配を振って、一度に敵を千も二千も討ち取ることは得手である、これは一々申すまでもなく、ご存じのことだと言いました。人は皆、天性の将器が備わっていることに感心しました。
解説

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