古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

名将言行録 / 『名将言行録』豐臣秀吉 京の繁昌と鉄砲音

○三年三月、秀吉、前田玄以を召て京の商賈共豐に渡世するか、又は生産に歎く者もあるかと問ふ。玄以、當年は京の有り樣、殊の外繁昌仕候、其子細は何つもに替はりて、當春は花見遊山の者共、野も山も所せきまで見え渡り候と言ふ。秀吉聞て、夫は繁昌するにはあらず、大なる衰微の基なり、其故は諸大名輻湊して事多き時は、種々樣々の物を拵ふる故、商人共聊かも遊山に出る閑暇なし、當年は大小名日頃の苦を休めん爲めに暇を出せしかば、面々在國せり、去るに依て諸商賈相手なくして、暇ある故、彼方此方驅廻るにぞあらん、彌々京都衰微すべしとて、醍醐の花見を催されけり。之に依り大小名大阪、伏見より醍醐までの警固に出る程の者は上下を撰ばず、着服、其外の物を拵へければ、京中は措置き、幾内の饒ひ夥しかりけり。 ○秀吉、伏見に在りし時、鳥銃四五十計り放つ音聞ゆ。伺候の人々、皆之を怪む。秀吉少しも驚かず、大名等鳥打に出て歸るさに、玉藥を打拔しならんと笑て言はる。卽ち見せに遣はしけるに、果して然り。其人之を聞て、以ての外迷惑し、一兩日過て秀吉に謁せし所、秀吉頃日の遊は面白かりしかと言はれ、少しも心に掛られし體なかりしとぞ。

新字:○三年三月、秀吉、前田玄以を召て京の商賈共豊に渡世するか、又は生産に嘆く者もあるかと問ふ。玄以、当年は京の有り様、殊の外繁昌仕候、其子細は何つもに替はりて、当春は花見遊山の者共、野も山も所せきまで見え渡り候と言ふ。秀吉聞て、夫は繁昌するにはあらず、大なる衰微の基なり、其故は諸大名輻湊して事多き時は、種々様々の物を拵ふる故、商人共聊かも遊山に出る閑暇なし、当年は大小名日頃の苦を休めん為めに暇を出せしかば、面々在国せり、去るに依て諸商賈相手なくして、暇ある故、彼方此方駆廻るにぞあらん、弥々京都衰微すべしとて、醍醐の花見を催されけり。之に依り大小名大阪、伏見より醍醐までの警固に出る程の者は上下を撰ばず、着服、其外の物を拵へければ、京中は措置き、幾内の饒ひ夥しかりけり。 ○秀吉、伏見に在りし時、鳥銃四五十計り放つ音聞ゆ。伺候の人々、皆之を怪む。秀吉少しも驚かず、大名等鳥打に出て帰るさに、玉薬を打抜しならんと笑て言はる。即ち見せに遣はしけるに、果して然り。其人之を聞て、以ての外迷惑し、一両日過て秀吉に謁せし所、秀吉頃日の遊は面白かりしかと言はれ、少しも心に掛られし体なかりしとぞ。

書き下し

○三年三月、秀吉、前田玄以を召て京の商賈共豐に渡世するか、又は生産に歎く者もあるかと問ふ。玄以、當年は京の有り樣、殊の外繁昌仕候、其子細は何つもに替はりて、當春は花見遊山の者共、野も山も所せきまで見え渡り候と言ふ。秀吉聞て、夫は繁昌するにはあらず、大なる衰微の基なり、其故は諸大名輻湊して事多き時は、種々樣々の物を拵ふる故、商人共聊かも遊山に出る閑暇なし、當年は大小名日頃の苦を休めん爲めに暇を出せしかば、面々在國せり、去るに依て諸商賈相手なくして、暇ある故、彼方此方驅廻るにぞあらん、彌々京都衰微すべしとて、醍醐の花見を催されけり。之に依り大小名大阪、伏見より醍醐までの警固に出る程の者は上下を撰ばず、着服、其外の物を拵へければ、京中は措置き、幾内の饒ひ夥しかりけり。 ○秀吉、伏見に在りし時、鳥銃四五十計り放つ音聞ゆ。伺候の人々、皆之を怪む。秀吉少しも驚かず、大名等鳥打に出て歸るさに、玉藥を打拔しならんと笑て言はる。卽ち見せに遣はしけるに、果して然り。其人之を聞て、以ての外迷惑し、一兩日過て秀吉に謁せし所、秀吉頃日の遊は面白かりしかと言はれ、少しも心に掛られし體なかりしとぞ。

現代語訳

三年三月、秀吉は前田玄以を呼び、京の商人たちは豊かに暮らしているか、それとも生活に嘆く者もあるかと尋ねました。玄以は、今年の京の様子は格別に繁盛しております、そのわけは、例年と違い、この春は花見や遊山の人々が野にも山にも隙間のないほど見渡されるからですと答えました。秀吉は聞いて、それは繁盛しているのではない、大きな衰えのもとだ、なぜなら諸大名が集まって用事の多い時は、さまざまな物を作らせるので、商人たちは少しも遊山に出る暇がない、今年は大小の大名が日ごろの苦労を休めるために暇を出して、それぞれ在国している、そのため商人たちは相手がなく、暇があるから、あちこち駆け回っているだけだ、これからますます京都は衰えるだろうと言って、醍醐の花見を催しました。これにより、大坂や伏見から醍醐までの警固に出るほどの者は、身分の上下を問わず衣服その他の物を新調したので、京の中はもちろん、畿内の賑わいはおびただしいものでした。 秀吉が伏見にいたとき、鉄砲を四、五十ほど放つ音が聞こえました。伺候していた人々は皆、不審に思いました。秀吉は少しも驚かず、大名たちが鳥撃ちに出て、帰りがけに弾薬を撃ち抜いたのだろうと笑って言いました。すぐに見に行かせると、やはりその通りでした。その大名は、これを聞いて大変困り、一、二日して秀吉に会いましたが、秀吉は、近ごろの遊びは面白かったかと言っただけで、少しも気にかけた様子はなかったということです。

解説

花見に群れ集う人出を、秀吉は繁栄でなく衰えの兆しと見たと伝わります。経済は、人が遊ぶことではなく、需要と仕事が動くことで回る、という見方であり、そこで醍醐の花見を催して、新調の需要を大名に作らせたというわけです。後半の鉄砲音の話は、事情を見抜いたうえで咎めず、相手の面目を守る話です。逸話の真偽は別にして、現象の表面でなく仕組みから判断する姿勢と、見抜いたことを言わない配慮の二つが読み取れます。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

秀吉経済醍醐の花見需要見抜く力配慮

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る