導師導古典を学びたいすべての人に

新論 / 國體下

夫武人離土、其勢不得多養卒、故雇間民於市井、以充騶從供工役、間民充斥都城、緩急不可用、坐飽粱肉、其爲冗也大矣、天下佛寺殆五十萬、通計僧尼及奴隷、不知其幾百萬、〈唐傅奕上書高祖言、令僧尼匹配、即十餘萬戸云云、武宗廢佛寺、其上都及東都留二寺、節鎭各留一寺、毀寺四千六百餘區、招提蘭若四萬餘區、歸俗僧尼二十六萬五百人、收良田數千萬頃、奴婢十五萬人、據之則唐國土地之大、而其佛寺之多、不及 神州十分之一、然時人尚以爲夥、則 神州佛寺亦可謂盛也、〉

新字:夫武人離土、其勢不得多養卒、故雇間民於市井、以充騶従供工役、間民充斥都城、緩急不可用、坐飽粱肉、其為冗也大矣、天下仏寺殆五十万、通計僧尼及奴隷、不知其幾百万、〈唐傅奕上書高祖言、令僧尼匹配、即十余万戸云云、武宗廃仏寺、其上都及東都留二寺、節鎮各留一寺、毀寺四千六百余区、招提蘭若四万余区、帰俗僧尼二十六万五百人、収良田数千万頃、奴婢十五万人、拠之則唐国土地之大、而其仏寺之多、不及 神州十分之一、然時人尚以為夥、則 神州仏寺亦可謂盛也、〉

書き下し

夫れ武人土を離るれば、其の勢多く卒を養ふを得ず。故に間民を市井に雇ひて、以て騶従に充て工役に供す。間民都城に充斥し、緩急用ゐるべからずして、坐して粱肉に飽く。其の冗為るや大なり。天下の仏寺殆ど五十万、僧尼及び奴隷を通計すれば、其の幾百万なるを知らず。(唐の傅奕高祖に上書して言ふ、僧尼をして匹配せしめば、即ち十余万戸と云云。武宗仏寺を廃し、其の上都及び東都は二寺を留め、節鎮は各々一寺を留め、寺四千六百余区、招提蘭若四万余区を毀ち、僧尼の帰俗する者二十六万五百人、良田数千万頃、奴婢十五万人を収む。之に拠れば則ち唐国の土地の大にして、其の仏寺の多き、神州の十分の一に及ばず。然るに時人尚ほ以て夥しと為す。則ち神州の仏寺も亦盛んなりと謂ふべし。)

現代語訳

そもそも武士が土地を離れると、その形勢から多くの従卒を養うことができない。そこで町の暇な民を雇って供回りに充て、雑役に使う。暇な民は城下にあふれ、いざというときには役に立たず、何もせずに上等な飯と肉を食べ飽きている。その無駄はまことに大きい。天下の寺院はほぼ五十万、僧尼とその使用人を合わせると、何百万人になるかわからない(唐の傅奕は高祖に上書して、「僧尼を結婚させれば、十余万戸になる」云々と言った。武宗は仏寺を廃し、上都(長安)と東都(洛陽)にはそれぞれ二寺を残し、節度使の治所にはそれぞれ一寺を残して、寺四千六百余り、小寺院四万余りを壊し、還俗した僧尼は二十六万五百人、没収した良田は数千万頃、奴婢は十五万人に及んだ。これによれば、唐は国土が広大なのに、その仏寺の多さは我が国の十分の一にも及ばない。それでも当時の人はなお多すぎると考えたのだから、我が国の仏寺もまた盛んだといえる)。

解説

正志斎は国の貧しさの原因を「浮食の民」に求め、まず城下に雇われる無用の間民と、寺院・僧尼の多さを挙げる。割注では、唐の傅奕の廃仏上疏と、会昌五年(845)の武宗による廃仏(会昌の廃仏)の数字を引き、唐ですら多いとされた寺院数の十倍が日本にあると論じる。「五十万」という寺院数は正志斎の概算であり、そのまま信をおくことはできない。仏教を冗費の源とみる見方は、水戸藩の排仏の立場と結びついている。現代に移すなら、役割を果たさないまま資源を消費している部分を、数字で把握しようとする姿勢として読める。

この章句が説くこと

経済冗費浮食財政廃仏新論

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る