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新論 / 國體下

今夫天下患米穀之賤而貨幣之乏、非米穀乃賤也、非貨幣乃乏也、而百物之甚貴也、設使斗米價銀五錢、而一衣裘亦五錢、則斗米可以易一衣裘、今雖木綿之裘、而非鬻六七斗則不能償其直、是衣裘之貴、而非穀之賤也、穀也者取以充腹而已、銷之有限、百物者競新鬪奇、愈出而愈無窮、乃至一婦首飾而當中農一家之産、以銷之有限者、而逐愈出無窮者、百物之所以皆貴、而米穀之所以獨賤也、

新字:今夫天下患米穀之賤而貨幣之乏、非米穀乃賤也、非貨幣乃乏也、而百物之甚貴也、設使斗米価銀五銭、而一衣裘亦五銭、則斗米可以易一衣裘、今雖木綿之裘、而非鬻六七斗則不能償其直、是衣裘之貴、而非穀之賤也、穀也者取以充腹而已、銷之有限、百物者競新闘奇、愈出而愈無窮、乃至一婦首飾而当中農一家之産、以銷之有限者、而逐愈出無窮者、百物之所以皆貴、而米穀之所以独賤也、

書き下し

今夫れ天下米穀の賤くして貨幣の乏しきを患ふ。米穀乃ち賤きに非ざるなり、貨幣乃ち乏しきに非ざるなり、而して百物の甚だ貴きなり。設し斗米の価銀五銭にして、一衣裘も亦五銭ならしめば、則ち斗米以て一衣裘に易ふべし。今木綿の裘と雖も、六七斗を鬻ぐに非ざれば則ち其の直を償ふ能はず。是れ衣裘の貴きにして、穀の賤きに非ざるなり。穀なる者は取りて以て腹に充つるのみ。之を銷すこと限り有り。百物は新を競ひ奇を闘はせ、愈々出でて愈々窮まり無し。乃ち一婦の首飾にして中農一家の産に当たるに至る。銷すこと限り有る者を以てして、愈々出でて窮まり無き者を逐ふ。百物の皆貴き所以にして、米穀の独り賤き所以なり。

現代語訳

いま天下は、米穀が安く貨幣が乏しいことを憂えている。しかし米穀が安いのではなく、貨幣が乏しいのでもない。もろもろの物の値段がひどく高いのである。かりに米一斗の値段が銀五銭で、衣服一着も五銭であれば、米一斗で衣服一着と交換できる。ところがいまは木綿の衣服でさえ、米を六、七斗売らなければその代金を払えない。これは衣服が高いのであって、穀物が安いのではない。穀物は取って腹を満たすだけのもので、消費には限りがある。もろもろの物は新しさを競い珍しさを争って、次々と出てきて限りがない。ついには一人の女性の髪飾りが中程度の農家一軒の財産に相当するほどになる。消費に限りのあるもので、次々と出てきて限りのないものを追いかける。これが、もろもろの物がみな高く、米穀だけが安い理由である。

解説

江戸後期に深刻化した「米価安の諸色高」を、正志斎は相対価格の問題として捉え直す。米が安いのでも貨幣が足りないのでもなく、他の物が高いのだという。米は腹を満たせば消費が止まるが、衣服や装身具は新奇を競って限りなく需要を生む。限りある米の収入で限りない物を追うから米だけが相対的に安くなる、という分析は、今日でいう需要の弾力性の違いに通じる洞察である。米で俸禄を受ける武士の困窮の根をここに見たのである。現代でも、収入の源が需要に限りのある商品に偏り、支出が新奇な消費へ流れる構造は、家計にも事業にも当てはまる。

この章句が説くこと

経済米価物価奢侈需要新論

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