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新論 / 國體下

大厦崇甍、窮極靡麗、工商之徒、仰間民及僧徒以自衣食者、亦爲不尠矣、乞丐之類、世其業、以抱子長孫者、天下不知其幾何、博徒横行閭閻、又不知其幾何、假巫毉卜筮、以誑民要財者、不知幾何、俳優雜劇、又不知幾何、其冗亦甚矣、而天下所以銷耗米穀者、若酒餅餌麪之類、已不可枚擧、米穀雜遝都會、四方運輸、火災所燬、波濤所沒、亦不勝枚擧、其所以妨農功者、若茶蔫若紅茜蕉梨之屬、亦不可勝數、夫浮食之民如彼其衆、糜米穀妨農功如此其夥、而年穀亦不甚豐穠、然天下常困於多穀、粒米狼戻、而天下困於貧者、亦可異也、

新字:大厦崇甍、窮極靡麗、工商之徒、仰間民及僧徒以自衣食者、亦為不尠矣、乞丐之類、世其業、以抱子長孫者、天下不知其幾何、博徒横行閭閻、又不知其幾何、仮巫毉卜筮、以誑民要財者、不知幾何、俳優雑劇、又不知幾何、其冗亦甚矣、而天下所以銷耗米穀者、若酒餅餌麪之類、已不可枚挙、米穀雑遝都会、四方運輸、火災所燬、波濤所没、亦不勝枚挙、其所以妨農功者、若茶蔫若紅茜蕉梨之属、亦不可勝数、夫浮食之民如彼其衆、糜米穀妨農功如此其夥、而年穀亦不甚豊穠、然天下常困於多穀、粒米狼戻、而天下困於貧者、亦可異也、

書き下し

大廈崇甍、靡麗を窮極し、工商の徒、間民及び僧徒を仰ぎて以て自ら衣食する者も、亦尠からずと為す。乞丐の類、其の業を世々にし、以て子を抱き孫を長ずる者、天下其の幾何なるを知らず。博徒閭閻に横行するもの、又其の幾何なるを知らず。巫毉卜筮に仮りて、以て民を誑き財を要むる者、幾何なるを知らず。俳優雑劇、又幾何なるを知らず。其の冗も亦甚だし。而して天下の米穀を銷耗する所以の者、酒・餅餌・麺の類の若き、已に枚挙すべからず。米穀都会に雑遝し、四方より運輸して、火災の燬く所、波濤の没する所も、亦枚挙に勝へず。其の農功を妨ぐる所以の者、茶・蔫の若き、紅茜・蕉・梨の属の若きも、亦勝げて数ふべからず。夫れ浮食の民彼の如く其れ衆く、米穀を糜し農功を妨ぐること此の如く其れ夥しくして、年穀も亦甚だしくは豊穠ならず。然るに天下常に穀の多きに困しみ、粒米狼戻して、天下貧に困しむ者、亦異とすべきなり。

現代語訳

大きな建物や高い屋根は華美を極め、職人や商人のなかにも、暇な民や僧侶を当てにして衣食している者が少なくない。乞食のたぐいでその稼業を代々受け継ぎ、子を抱え孫を育てている者が、天下にどれほどいるかわからない。博徒が村里にのさばっているのも、またどれほどいるかわからない。巫女・医者・占い師を装って民をだまし財を求める者も、どれほどいるかわからない。役者や芝居の者も、またどれほどいるかわからない。その無駄もまたはなはだしい。そして天下の米穀を消費するもの、たとえば酒・餅や菓子・麺のたぐいは、もはや数え上げられない。米穀は都会に集まり、四方から運ばれる途中で、火事で焼け、波に沈むものも数えきれない。農業の妨げになるもの、たとえば茶やたばこ(蔫)、紅花・茜、芭蕉や梨のたぐいの栽培も、数えきれない。このように浮き草のように食べるだけの民があれほど多く、米穀を費やし農業を妨げることがこれほど甚だしく、しかもその年の作柄もそれほど豊かではない。それなのに天下はいつも穀物が多すぎることに苦しみ、米粒があり余って散らばるほどでありながら、天下が貧しさに苦しんでいるのは、まことに不思議なことである。

解説

正志斎は浮食の民を次々と数え上げる。寺院に寄りかかる職人や商人、世襲の乞食、博徒、巫医や卜筮を装う者、役者である。さらに酒や菓子による米の消費、輸送中の焼失や水没、茶・たばこ・染料などの商品作物による農業の圧迫を挙げる。それでも天下は米余りに苦しみ、しかも貧しいという逆説を示して次段へ渡す。「粒米狼戻」は『孟子』滕文公上篇の豊年の描写である。商品経済の発展を農本の立場から憂える議論だが、問いの立て方は鋭い。現代でいえば、物は余っているのに皆が苦しいという矛盾から、分配や流通の構造を問う視点となる。

この章句が説くこと

経済浮食農本米価冗費孟子

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