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名将言行録 / 『名将言行録』豐臣秀吉 無礼な士を二度許す

○此役、秀吉本陣に能を催せり。軍勢其前を通るに、何れも下馬して通る。時に宇喜田秀家の臣、花房助兵衞職之、馬上にて通りたりしに下馬もせず、冑も脱がず、のさ〳〵と通らんとせしを、番人共見付て、頻りに咎めけるに、職之大音にて言けるは、戰場に於て、能をして遊ぶ樣なる戲氣なる大將に下馬すべきかとて、其儘馬上にて通りながら秀吉の方に向て、唾を吐き掛けて通りける。秀吉之を聞き、大に怒り、秀家を召し、右の次第を語り、助兵衞を縛首にすべしと命ず。秀家畏り、其座を立て一町計り行きたる時、秀吉案じ直し、秀家を呼返して曰く、一旦の怒にて縛首とは言たれども、剛直の士を左もなるまじ、切腹申付よとなり。秀家、又畏て、其座を立て、一二町も行きし時、又々案じ直して呼返し、今天が下に於て、我に向ひ、箇樣に大言せん者覺えなし、天晴大剛の武士なり、斯る士を殺さんは惜きことなり、命を助け、加増して使ふべしと言はれけり。

新字:○此役、秀吉本陣に能を催せり。軍勢其前を通るに、何れも下馬して通る。時に宇喜田秀家の臣、花房助兵衛職之、馬上にて通りたりしに下馬もせず、冑も脱がず、のさ〳〵と通らんとせしを、番人共見付て、頻りに咎めけるに、職之大音にて言けるは、戦場に於て、能をして遊ぶ様なる戯気なる大将に下馬すべきかとて、其儘馬上にて通りながら秀吉の方に向て、唾を吐き掛けて通りける。秀吉之を聞き、大に怒り、秀家を召し、右の次第を語り、助兵衛を縛首にすべしと命ず。秀家畏り、其座を立て一町計り行きたる時、秀吉案じ直し、秀家を呼返して曰く、一旦の怒にて縛首とは言たれども、剛直の士を左もなるまじ、切腹申付よとなり。秀家、又畏て、其座を立て、一二町も行きし時、又々案じ直して呼返し、今天が下に於て、我に向ひ、箇様に大言せん者覚えなし、天晴大剛の武士なり、斯る士を殺さんは惜きことなり、命を助け、加増して使ふべしと言はれけり。

書き下し

○此役、秀吉本陣に能を催せり。軍勢其前を通るに、何れも下馬して通る。時に宇喜田秀家の臣、花房助兵衞職之、馬上にて通りたりしに下馬もせず、冑も脱がず、のさ〳〵と通らんとせしを、番人共見付て、頻りに咎めけるに、職之大音にて言けるは、戰場に於て、能をして遊ぶ樣なる戲氣なる大將に下馬すべきかとて、其儘馬上にて通りながら秀吉の方に向て、唾を吐き掛けて通りける。秀吉之を聞き、大に怒り、秀家を召し、右の次第を語り、助兵衞を縛首にすべしと命ず。秀家畏り、其座を立て一町計り行きたる時、秀吉案じ直し、秀家を呼返して曰く、一旦の怒にて縛首とは言たれども、剛直の士を左もなるまじ、切腹申付よとなり。秀家、又畏て、其座を立て、一二町も行きし時、又々案じ直して呼返し、今天が下に於て、我に向ひ、箇樣に大言せん者覺えなし、天晴大剛の武士なり、斯る士を殺さんは惜きことなり、命を助け、加増して使ふべしと言はれけり。

現代語訳

この戦いで、秀吉は本陣で能を催した。軍勢がその前を通るとき、みな下馬して通った。そのとき、宇喜多秀家の家臣である花房助兵衛職之は、馬上で通ったが、下馬もせず、兜も脱がず、のさのさと通ろうとしたので、番人たちが見つけて、しきりにとがめたところ、職之は大声で、戦場で、能をして遊ぶようなふざけた大将に下馬すべきか、と言い、そのまま馬上で通りながら、秀吉の方に向かって唾を吐きかけて通った。秀吉はこれを聞いて、大いに怒り、秀家を召し、右の次第を語り、助兵衛を縛り首にせよと命じた。秀家は畏まって、その座を立ち、一町ばかり行ったとき、秀吉は考え直して、秀家を呼び返して言った。一時の怒りで縛り首と言ったけれども、剛直の士をそうしてはなるまい、切腹を申し付けよ、とのことであった。秀家はまた畏まって、その座を立ち、一、二町も行ったとき、またも考え直して呼び返し、今、天下において、私に向かってこのように大言する者を知らない、天晴れ大剛の武士である、このような士を殺すのは惜しいことである、命を助け、加増して使おうと言われた。

解説

能を催す大将に唾を吐きかけた士を、秀吉が縛り首、切腹、命を助けて加増、と三段階に判断を変えていく話です。最初は怒りで処罰を命じ、次に剛直を惜しんで穏やかな処分にし、最後には、これほど言う者はいないと感心して加増します。感情が先に出ても、時間をおいて見直すという調整が、部下の秀家を往復させる形で描かれています。出来事の細部は逸話として読むのが適切です。現代の上司にとっても、無礼な言動を受けたときに即断せず、相手の言い分の筋の通った部分を見直す余地を持つことは、人材を失わない工夫になります。
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この章句が説くこと

再考剛直花房職之怒り人材加増

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