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名将言行録 / 『名将言行録』豐臣秀吉 裏切りの士を許す

○三木の役、別所長治が家人に中村五郎忠滋と曰ふ者あり。秀吉、谷大膳亮衞好を使として、別心して城へ此方の人數を引入れば、一廉の褒賞を賜はるべしとなり。忠滋同心して、最愛の娘を人質に出し、偖時日を定め秀吉の人數千餘人を城中へ引入れ、後先を引包み一人も殘らず打果せり。秀吉大に怒て彼娘を磔にす。三木落城の後、忠滋行き方知れず、依て所々を尋ぬれば、丹波綾部の奧山より擒め出せり。秀吉曰く、三木にて我を誑り倔强の兵千餘打取りしこと足より刻みても、飽くことなく、火烙鋸引にもと思へども、主人別所が爲めに最愛の娘を捨て忠節致したることなれば、其志至て忠なりとて、中村一氏が與力に付られ、三千石賜はりけり。

新字:○三木の役、別所長治が家人に中村五郎忠滋と曰ふ者あり。秀吉、谷大膳亮衛好を使として、別心して城へ此方の人数を引入れば、一廉の褒賞を賜はるべしとなり。忠滋同心して、最愛の娘を人質に出し、偖時日を定め秀吉の人数千余人を城中へ引入れ、後先を引包み一人も残らず打果せり。秀吉大に怒て彼娘を磔にす。三木落城の後、忠滋行き方知れず、依て所々を尋ぬれば、丹波綾部の奥山より擒め出せり。秀吉曰く、三木にて我を誑り倔強の兵千余打取りしこと足より刻みても、飽くことなく、火烙鋸引にもと思へども、主人別所が為めに最愛の娘を捨て忠節致したることなれば、其志至て忠なりとて、中村一氏が与力に付られ、三千石賜はりけり。

書き下し

○三木の役、別所長治が家人に中村五郎忠滋と曰ふ者あり。秀吉、谷大膳亮衞好を使として、別心して城へ此方の人數を引入れば、一廉の褒賞を賜はるべしとなり。忠滋同心して、最愛の娘を人質に出し、偖時日を定め秀吉の人數千餘人を城中へ引入れ、後先を引包み一人も殘らず打果せり。秀吉大に怒て彼娘を磔にす。三木落城の後、忠滋行き方知れず、依て所々を尋ぬれば、丹波綾部の奧山より擒め出せり。秀吉曰く、三木にて我を誑り倔强の兵千餘打取りしこと足より刻みても、飽くことなく、火烙鋸引にもと思へども、主人別所が爲めに最愛の娘を捨て忠節致したることなれば、其志至て忠なりとて、中村一氏が與力に付られ、三千石賜はりけり。

現代語訳

三木の役で、別所長治の家人に中村五郎忠滋という者がいた。秀吉は、谷大膳亮衛好を使者として、寝返って城へこちらの人数を引き入れれば、ひとかどの褒賞を賜るであろう、と伝えた。忠滋は同意して、最愛の娘を人質に出し、さて時日を定め、秀吉の人数千余人を城中へ引き入れ、前後を包み込み、一人も残さず討ち果たした。秀吉は大いに怒って、その娘を磔にした。三木落城の後、忠滋の行方がわからないので、所々を尋ねたところ、丹波綾部の奥山から捕らえ出した。秀吉は、三木で私を欺き、頑強な兵千余人を討ち取ったことは、足から刻んでも飽き足らず、火あぶり・鋸引きにもと思うけれども、主人別所のために最愛の娘を捨てて忠節を尽くしたことなので、その志はこの上なく忠である、として、中村一氏の与力につけ、三千石を賜った。

解説

敵方の忠義の士を、怒りを超えて許し取り立てた逸話と伝わります。娘を人質に出してまで主家への忠を貫いた忠滋の行動を、秀吉は私情で裁かず、忠節として評価します。なお本文には娘を磔にする残酷な処罰も記され、当時の戦の苛烈さが表れます。ここから読むべきは、組織の敵になった者でも、その行動の動機を見て人材として活かす度量です。逸話の確かさは別ですが、敵対した人を後に味方にする判断の例です。
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この章句が説くこと

中村忠滋三木の役裏切り忠節度量人質

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