名将言行録 / 『名将言行録』豐臣秀吉 届く望みを語る
○秀吉、嘗て朋友と夜話の時、各々志を述べたり。或は大國の主と成らんと言ふもあり、或は天下を取らんと言ふもあり。時に秀吉、我は千辛萬苦して、僅三百石なり、願くは此上に、又三百石を望むと言ければ、人皆其小望を笑ふ。秀吉、各々は所詮屆かぬことを言へり、我は屆くことを言ふなり、故に六百石に成らんと日夜寢食を忘れ、奉公一圖に心掛る故に、我望みは成就すべしと言しとぞ。
新字:○秀吉、嘗て朋友と夜話の時、各々志を述べたり。或は大国の主と成らんと言ふもあり、或は天下を取らんと言ふもあり。時に秀吉、我は千辛万苦して、僅三百石なり、願くは此上に、又三百石を望むと言ければ、人皆其小望を笑ふ。秀吉、各々は所詮届かぬことを言へり、我は届くことを言ふなり、故に六百石に成らんと日夜寝食を忘れ、奉公一図に心掛る故に、我望みは成就すべしと言しとぞ。
書き下し
○秀吉、嘗て朋友と夜話の時、各々志を述べたり。或は大國の主と成らんと言ふもあり、或は天下を取らんと言ふもあり。時に秀吉、我は千辛萬苦して、僅三百石なり、願くは此上に、又三百石を望むと言ければ、人皆其小望を笑ふ。秀吉、各々は所詮屆かぬことを言へり、我は屆くことを言ふなり、故に六百石に成らんと日夜寢食を忘れ、奉公一圖に心掛る故に、我望みは成就すべしと言しとぞ。
現代語訳
秀吉がかつて友人と夜話をしたとき、各々が志を述べた。あるいは大国の主になろうと言う者もあり、あるいは天下を取ろうと言う者もあった。そのとき秀吉は、私は千辛万苦して、わずか三百石である、願わくはこの上にまた三百石を望む、と言ったので、人は皆その小さな望みを笑った。秀吉は、あなた方はしょせん届かぬことを言っている、私は届くことを言うのである、それゆえ六百石になろうと日夜寝食を忘れ、奉公一途に心がけるから、私の望みは成就するだろう、と言ったということである。
解説

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